西村音響店

Lo-D D-909

ページ作成:2024/06/07
最終更新日:2024/07/03

 

概説

1984年に日立から発売された、当時最上位モデルのカセットデッキです。プラスティック製の軽量で小型のシャーシに、日立の変態要素拘りが詰まった1台です。

搭載されるヘッドは、日立独自のチタン溶射R&Pコンビネーションヘッド。一見録再兼用ヘッドの見た目をしながら、録音用と再生用のギャップを1.4mmまで近づけ、良好なテープタッチ獲得と録音同時モニターでの音のタイムラグを最少にしたヘッドです。素材はフェライトのため耐摩耗性には非常に優れている一方、フェライトヘッドの弱点も垣間見えます。

音質は高音よりの特徴が強く、特に15kHz以上の音域の解像感や繊細さを強く感じます。一方、低~中音域の厚みは割と控えめで、全体的にはややあっさり目なサウンドです。音の硬さもなく、他社製のデッキでは感じられない独特な雰囲気があります。各メーカーで音質の傾向はあると思いますが、D-909はもろ日立の特徴が全面に出た音です。

実際にメタルテープの録音において、他のアモルファスやセンダストに比べて音が歪みやすく、メタルテープが苦手という印象が否めません。一方、得意なのはノーマルテープで、お世辞にも性能は高くない現行品のカセットテープでも21kHzまでの周波数特性を実現しています。後述するATRSシステムにより、ノーマル・ハイポジ・メタル、どの種類でも21kHzまでの周波数特性を担保します。

テープの走行にはダイレクトドライブを採用。日立と言えばモーターです。日立自慢のユニトルクDDモーターによる、強力な駆動力と高精度な回転制御により、ワウフラッター0.018%というカセットデッキの中では最小値を実現しています。しかしながらクォーツロック制御は採用されておらず、この点に関しては少々疑問が残るところです。

キャリブレーション機能には、これまた日立独自のATRSシステムを搭載しています。自動周波数特性補正システム(Automatic Tape Responce Serch)という名称のこのシステムは、1978年のD-5500で搭載され、コンピューターチューニングの先駆者となりました。D-909のATRSは最終進化形と言えるもので、最大録音レベルの目安をマイコンが検知し、メーターに表示するというユニークな機能が付いています。

手動でのキャリブレーションも可能ですが、バイアス調整は不可の代わりにEQ調整ができるという、やや踏み外した設計となっています。バイアスは安全マージンに固定したままEQで調整すべき、という思想なのでしょうか。このような調整方法は類を見ません。D-909のEQ調整では、バイアス調整と似たような中高域をコントロールする設計となっています。なおATRSとの併用はできず、オートかマニュアルどちらかでしか調整できません。

日立は白物家電メーカーだけでなく産業機器を扱う重電メーカーでもあり、その個性がこのD-909でもよく出ています。むしろ拘りや個性が強すぎて、色々と癖が強い面もあります。

日立のカセットデッキの最盛期はこのD-909までで、その後はD-707をマイナーチェンジしながら生産を続けるも、他社よりも早くフェードアウトしていく流れとなりました。Lo-Dのブランド名もここまでで、以後はHITACHIブランドとしてD-707の後継機が登場します。

 

D-909の構造&搭載機能

ヘッド 3ヘッド方式(チタン溶射R&Pコンビネーションヘッド)
メカニズムの駆動 ロジックコントロール・キャプスタンモーター+カム駆動
キャプスタンの回転 ダイレクトドライブ(ユニトルクDDモーター)
テープの走行方式 クローズドループ・デュアルキャプスタン
カセットホルダの開閉 手動
スタビライザー なし
テープセレクター
手動
ノイズリダクション
ドルビーB・C
ドルビーHX-Pro
非搭載
選曲機能 あり
メーター デジタルピークレベルメーター(0dB=0VU 200nWb/m)
キャリブレーション機能 オート(ATRSシステム)/マニュアル(録音感度・EQ調整)
カウンター リニア分数
その他の機能
  • オートリワインド機能

 

D-909の特徴

◎強力なトルクを発生するダイレクトドライブ(ワウフラッター0.018%)
◎キャリブレーションはオート/マニュアル両対応
◎Lo-D独自の録再ヘッド(チタン溶射R&Pコンビネーションヘッド)
○高級機種ながら小型の筐体
○樹脂製シャーシなので軽い
○1984年当時では少なくなった手動テープセレクターを採用
○音質は高音域はかなり良く伸びるが中低域は比較的あっさり目
△メカの動作レスポンスがイマイチ
△クォーツロック非搭載(ワウフラが優秀なだけに惜しい)
△定価120,000円なのに高級感は殆ど無い
❓マニュアル調整時・バイアス調整は不可、EQ調整は可

【チタン溶射R&Pコンビネーションヘッド】
◎耐摩耗性が大変良い(フェライトベースのヘッド)
◎見た目は2ヘッドのような形(ハイパボリック形状)でテープタッチが良い
◎録音同時モニター時にSOURCEとTAPEの音のラグが殆ど無い
◎高域特性が非常に良い(ノーマルテープでも20kHz超)

 



 

音質参考動画

テープ:RTM C-60
ノイズリダクションOFF
音源:Nash Music Library


【フュージョン・ロック】容量53.6MB

【エレクトロ系】容量58.8MB

※96kHz-24bitのためデータ容量が多くなっています。ご注意ください。

 

外観の詳細画像

サムネイル画像をクリックすると拡大画像をご覧いただけます。


【前面左側】
カセットホルダは手動開閉です。開閉は割と軽い感じで、お世辞にも5~6万円クラスの質感です。

【前面中央・メーターと操作部】
操作ボタンが1列に並んでいるところや、テープセレクターの位置が、同時期のSONY TC-K555ESⅡに似て見えます。割とメカメカしい雰囲気ですが、同機と比べるとD-909の方がややチープ感があります。

【ATRS操作ボタン】
日立独自のオートキャリブレーション機能です。D-909ではバイアス設定は3段階から選べ、テープ毎に最大録音レベルの検知機能が付いています。マイコンが判定し、メーターの目盛に表示します。最終改良バージョンのATRSです。

【手動キャリブレーション操作部】
手動でキャリブレーションも可能です。ただしATRSで調整した後に、手動で微調整するといった事はできないので注意です。このEQ調整の挙動は、バイアス調整に似たような特性変化をします。

【テープセレクター・ドルビーNRスイッチ】
そろそろオートテープセレクターのデッキも増えてくる頃に、手動のテープセレクターです。特にATRS使用前に切り替えておかないと、正しく調整してくれません。

【モニター切替、RECレベル、OUTPUTボリューム】
TAPE/SOURCEはテープ操作に応じて自動で替わります。OUTPUTは背面の出力端子も音量が変わるタイプ、RECレベルの目盛はツマミ側に書かれています。

【ヘッド部分】
日立独自のコンビネーションヘッドです。フェライトベースなので耐摩耗性に優れます。なお、D-2200MBに搭載されているヒタセンライトヘッドはセンダストとの複合になり、上位グレードのヘッドとして位置づけられています。

【録再ヘッド拡大】
一見2ヘッドの録再兼用ヘッドに見えますが、よく見ると磁気を受けたり出したりするギャップが2つあります。2in1のような形です。似た例としてはアカイのツインフィールドヘッドがあります。こちらは1つのヘッドにギャップが2つ付いている構造です。

 

 

デッキの内部

オープン・ザ・キャビネット

画像にマウスオン(タップ)してください。


 

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【電源トランス】
消費電力33Wなので、相応に大きいトランスが搭載されています。プラシャーシに重いトランスを載せるのも日立のデッキでよく見られる特徴です。

【電源回路】
割と小振りな電源回路です。電解コンデンサの容量は、最も大きいもので2200μFです。

【制御用マイコン】
画像真ん中に写っているのがマイコンです。当然?ですが日立製です。HA12035のICは、ATRSのEQ調整用との事です。

【バイアス発振回路】
手動キャリブレーションの際に、任意のバイアス量に調整したければここを触ると良いです。ただしATRSの動作に影響を及ぼす可能性があるので、むやみに弄るのは禁物です。

【再生アンプ】
基板の右奥にあります。画像では右半分のエリアが再生アンプです。ピーキング用の可変インダクタも付いており、回すと回路定数が変わって再生特性が変化します。

【再生アンプ回路拡大】
初段はNEC製のFET”2SK163″。2段目は三菱製M5218のオペアンプです。FET適用のアンプは良いですが、オペアンプはいたって普通な物が使われています。もっと拘るならFETもオペアンプも日立製にするとか…そんな事も少し思ったりしました。

【ドルビーNR基板・表】
この時期のフルサイズデッキには先進的?な表面実装タイプ(QFP)のICです。ここはバッチリ日立製を載せています。同じHA12058のドルビーICでも、通常のDIPタイプは他社製デッキでも使われているため、複数タイプのパッケージを出していたようです。

【ドルビーNR基板・裏】
表面実装IC基板のサイズも小さく、まるでソニーのドルビーS回路のようです。録音用と再生用の回路で、基板1枚ずつの構成です。

【手動キャリブレーション用VR】
REC CALとEQ調整のボリュームです。

【ATRS関係の基板】
BA4066がアナログスイッチICという事で、先程のEQ調整用ICと絡めてATRSに関係する回路と思われます。

【メカ上部】

【メカ背面】
背中に小さな調整用の穴が開いているのはDCサーボモーターです。普通ならキャプスタン用に使うモーターを、リールモーターに使うという変態な発想です。

【ダイレクトドライブ】
フライホイールも分厚く重たい物が載っています。DD駆動にしては大きい方です。そもそもDDは高精度な回転制御ができるため、フライホイールが大きい物は意外と少ないです。

【送出側フライホイール】

【DD駆動回路基板】
モーター制御用のIC(HA11713)も日立製です。残念ながらクォーツロック制御ではないため、温度などの外的要因でスピードの誤差が出る事があります。青い半固定抵抗がスピード調整です。
【】

 



 

デッキの分解画像

 

サムネイル画像をクリックすると拡大画像をご覧いただけます。


【DDのユニットを外した状態】
フライホイールを外すと内側に回転数を検知するFGコイルがあります。

【DD駆動コイル】
8極あるコイルで強力な回転トルクを発生させます。普通は4極の物が多いです。

【カム部分①】
キャプスタンから動力を得てギヤを回し、ソレノイド3個でカムを制御する仕組みです。このタイプは大型のソレノイドを使う必要がないのでメカの小型化が出来ますが、動作のレスポンスが鈍い弱点があります。

【カム部分②】
直接ソレノイドとアームで駆動するタイプと比べて部品が小さいです。1980年前後の日立のデッキは、巨大なソレノイドを搭載した非常に重いメカでした。それが樹脂製シャーシに載っているというアンバランスさも個性でした。

【リール駆動機構取り外し①】
この部分はアッセンブリで外すことができます。ギヤによる駆動です。若干脆そうな樹脂素材のギヤですが、耐久性は大丈夫なのでしょうか。飴色のギヤを見ると、いつもこう思ってしまいます。

【リール駆動機構取り外し②】

【再生用アイドラー】
再生用アイドラーはヘッドブロックに付いているという、これも変わった構造です。真鍮のホイールにゴムが直付けされており、このゴムを交換するのは難しそうです。

【リール駆動機構分解】
ベルト交換の程度であればもっと最小限の分解で済むため、整備性はそれほど悪くありません。カムの部分が少し複雑なくらいでしょうか。

【メカ部品洗浄①】
今回ご用命いただいたのはメカのオーバーホールですので、一度完全に古いグリスを洗い流しました。私としては、この工程が入る場合をオーバーホールと見なしています。

【メカ部品洗浄②】

【グリスアップ】

【ピンチローラー交換】

【走行系・調整前】
元々弄られていた個体の様で、ヘッド部分の調整が変でした。ミラーカセットでヘッドの接触状態を見ると、光の反射具合で明らかにおかしいと気づくほどです。

【走行系・調整後】
このヘッドは摩耗は殆どしないので、しっかり調整すれば綺麗な光の反射の筋になるはずです。流石はまるで2ヘッドの形をした日立のコンビネーションヘッドです。

【専用治具による調整】

【テープセレクター取り外し】
接点不良を起こしていたため、洗浄のために取り外しました。

 

メカ動作音

 

ATRSシステム信号音

 

 

参考周波数特性

画像にマウスオン(タップ)すると周波数軸が線形に変わります。

【TYPEⅠ】maxell UR (現行テープ)


【TYPEⅡ】maxell XLII-S (1988年)


【TYPEⅣ】maxell MX (1985年)


※ヘッドの状態やデッキの調整状態など個体差により、必ずしも同じ測定結果にはなりません。あくまで参考程度にお願いします。

 

YouTube動画でも紹介しました

 

 

これまでの作業実績

2024年5月 アタマハゲ様

 

 

 

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