カセットデッキのいろは 第21回
こんにちは、こんばんは。西村音響店の西村です。カセットデッキの基礎を学ぶ「カセットデッキのいろは」シリーズ、今回は第21回目になります。
前回はカセットデッキのヘッドの材質について取り上げました。パーマロイ、ハードパーマロイ、センダスト、フェライト、アモルファス金属の5種類があり、それぞれ違った特性を持っています。材質によって音質が左右されるので、デッキ選びで好みが分かれるところでもあります。
⇒前回のおはなし カセットデッキのヘッド―5種類の材質を知る
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今回は、具体的な数値を出して、ヘッドの特性を見ていきます。ここまで深く知らなくても全然大丈夫ですが、例えばどのヘッドが一番硬いのかは、硬さの数値を見れば分かります。ただ「フェライトヘッドは硬い」というイメージだけではなくて、数値で一番硬いということが分かれば、より納得できるはずです。
さて、ヘッドの性能を見る上で必要なパラメーターは5つあります。物理学の用語が出てくるので難しい内容になりますが、一つずつ勉強していきましょう。
磁気ヘッドの製造を表す5つのパラメーター
透磁率(とうじりつ)
テープに記録された磁気情報に対しての反応の良さと思っていただければよいです。カメラのネガフィルムでいえば、感度が高いという意味に近いかもしれません。透磁率が高いほど情報を拾いやすくなるので、音質が良くなります。
透磁率には、初透磁率と実効透磁率があり、前者は無音状態からのレスポンス(いわゆる音の立ち上がり)、後者は主に再生中におけるパラメーターでこれは音の硬さを表す値といってよいと思います。値が高いほど音が硬く、音の輪郭がはっきり聞こえるようになります。
材質 | 初透磁率(μo) | 実効透磁率(μe) | ||
---|---|---|---|---|
@1kHz | @10kHz | @100kHz | ||
パーマロイ | 60,000 | 20,000 | 5,000 | 700 |
ハードパーマロイ | 30,000 | 10,000 | 3,000 | 800 |
センダスト/td> | 26,000 | 15,000 | 4,000 | 1,000 |
フェライト | 20,000 | 15,000~18,000 | 10,000~15,000 | 4,000~8,000 |
Co基アモルファス | — | 115,000 | — | 18,000 |
透磁率は周波数が高くなるにつれて低下していきます。透磁率が高いほど硬い音になるのであれば、低下するということは逆に柔らかくなるという意味合いになります。音質の差が出やすい10kHzの数値で見ると、パーマロイ、ハードパーマロイ、センダストは近い値なので、三者は近い音質になってきます。フェライトは数値が高いので、さっきの3つより硬めの音質なります。
ちなみにソニーが採用していたS&Fヘッドは、センダストとフェライトを混合しているヘッドです。フェライトを足すことで、高音域の良い特性を得ながらも音は硬すぎず、という風にバランスを取ることが出来ます。
Co基アモルファスは、コバルトをベースにしたアモルファス合金の事で、ここでは参考値として載せました。残念ながら、アモルファスヘッドが実用化される前に発刊された専門書には情報が載っていません。今回参考文献として使っている本も1980年の物なので、アモルファスの情報は開発中であると書いてあるくらいです。
一方で、100kHzでの実効透磁率も大変重要な値なのですが、なぜだと思いますか?コウモリとかイルカくらいしか聞けない音ですよ。でもカセットデッキにとって、この100kHzは大変重要です。
答えはバイアス電流です。特にテープの消去には、強い高周波電流を流さないと上手く音が消えてくれません。そのため、100kHz以上の高周波電流が金属によって損失となると、音が完全に消えなくなってしまう可能性があります。ですから、消去ヘッドには高周波でも損失が少ないフェライトが多用されるのです。
飽和磁束密度(ほうわじそくみつど)
ヘッドがテープに対して、どのくらい強く磁力を与えることが出来るかを表すパラメーターです。飽和磁束密度が高いほど、大きな信号でも歪むことなく録音することができます。
メタルテープの録音・消去にはエネルギー(バイアス電流)が多く必要であることはご存知の方もいらっしゃると思いますが、その通りで、録音・消去に必要なエネルギーの強さを表すのが磁束密度です。磁束密度が大きい=エネルギーが多いと覚えていただければOKです。
材質 | 飽和磁束密度(Bm) 単位:[T] |
---|---|
パーマロイ | 0.85 |
ハードパーマロイ | 0.53 |
センダスト | 0.86 |
フェライト | 0.44~0.47 |
Co基アモルファス | 0.55 |
保磁力(ほじりょく)
鉄製のクリップに棒磁石を近づけると、クリップが磁気を帯びて磁石になるという理科の実験は皆さんご存知だと思います。これ帯磁といい、どれだけ強く帯磁するかを表すのが保磁力です。ヘッドでは保磁力が低いほど良いとされます。
例えば鉄くぎに銅線を巻いた電磁石に電流を流してN極にしたとしましょう。N極になっている状態から、急に電流を逆にするとS極になるわけですが、電磁石自体は急にはS極にはなりません。鉄くぎが一旦N極に磁化されているためで、完全にS極になるまでには時間が掛かります。この時間が長いほど保磁力は高くなります。時間が掛かるといっても本当に微少な時間ですけどね。しかし磁気ヘッドになると微少な時間もないがしろには出来ません。
材質 | 保磁力(Hc) 単位:[Oe] |
---|---|
パーマロイ | 0.05 |
ハードパーマロイ | 0.015 |
センダスト | 0.034 |
フェライト | 0.02~0.04 |
Co基アモルファス | 0.004 |
抵抗率(ていこうりつ)
金属材料の電流の流れやすさを表す値で、録音するときに関わってくるものです。カセットデッキのヘッドは、シールドケースと言われる金属製の箱の中にコイルが入っています。録音する時にはコイルに電流を流しますが、同時に金属であるシールドケースに渦電流が発生します。渦電流は磁力を打ち消す作用があり、本来録音したい音が渦電流によって僅かであるが消されてしまいます。これを渦電流損失といいます。つまり抵抗率が高ければ、渦電流が流れにくいので損失が少なくなり、録音に有利となるわけですね。抵抗率は高校の物理で習いましたが、ここで再び登場するとは。完璧に覚えてはいなくても言葉を知っていただけで、高校時代が思い浮かびます。
材質 | 抵抗率(ρ) 単位:μΩ・m |
---|---|
パーマロイ | 0.55 |
ハードパーマロイ | 0.80 |
センダスト | 0.034 |
フェライト | 10の4乗以上 |
Co基アモルファス | 1.36~1.42 |
抵抗率に関してはフェライトが一番高いです。消去ヘッドヘッドにフェライトが多用される理由はここにもあります。抵抗率高いということは、渦電流が発生しにくいのでロスが少ないということになるので、強い高周波電流を扱う消去ヘッドには好条件です。録音ヘッドに関しては特に限定は無いので、抵抗率が重要視されるのは消去ヘッドくらいでしょう。
硬度(こうど)
最後は耐摩耗性を表す硬度。文字のごとく硬さを表す値で、詳しくはビッカース硬度と呼びます。値が高いほど硬く、摩耗しにくいヘッドです。
材質 | 硬度(Hc) 単位:Hv |
---|---|
パーマロイ | 132 |
ハードパーマロイ | 230 |
センダスト | 500 |
フェライト | 630~650 |
Co基アモルファス | 900~1,100 |
パーマロイが一番やわらかく、1000時間で寿命を迎えてしまうと言われています。さらにクロームテープやメタルテープを使ったら、1000時間持ちません。ですので、ノーマルテープ専用のラジカセには安く丁度よいのです。
それはさておき、オーディオとしてのカセットデッキは、性能と耐久性が求められます。安いモデルでハードパーマロイヘッドですから、最低限これくらいの耐久性がないと、メタルテープが使えないということでしょう。高級機はさらに耐久性を求めて、センダンスト、フェライト、アモルファス合金が使われます。
まとめ
以上、今回はカセットデッキのヘッドに使われる素材を、具体的な数値で特徴を見てきました。ちょっと難しい内容になってしまったかもしれませんが、いかがでしたでしょうか。
5つのパラメーターで各素材を比較してみると、やはりアモルファス合金が高性能ということがわかりました。性能が悪かったらアモルファスヘッドは普及していないはずなので、多く採用されたということは性能の高さを証明しているといえそうですね。
アモルファス合金については、今回はコバルトが中心のアモルファス合金のデータを使ったが、鉄ベースのアモルファス合金というのもあり、使われる材料は様々です。配合する材料を変えると、自ずと電気特性や物理特性が変わってきます。本来、アモルファスという言葉は「非晶質(結晶構造ではない)」という意味を指し、材料そのものの名前ではないので注意しましょう。
長々となりましたが、今回もお付き合いいただきありがとうございました。
次回の記事:
第22回 アモルファスヘッドは、アモルファスという名前の金属ではない。
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第20回 カセットデッキのヘッド―5種類の材質を知る。