カセットデッキのいろは 第50回
どうもこんにちは、こんばんは。西村音響店の西村です。
音響店のブログをご覧くださり、ありがとうございます。
カセットデッキを使いこなしている方は、『バイアス調整』はもうお手の物ですよね。
バイアスを浅くすれば高音域が上がり、深くすれば下がります。
説明書に書いてあるくらいですので、半ば常識かもしれません。
今回、僕はバイアス調整の常識をさらに深堀りして、
『なぜバイアス調整で音質が変わるのかを述べよ。』という問題に挑戦してみます。
結論から
先にこの問題の結論を出すとするならば、結論は、
『消去作用をコントロールすることで、結果的に音質が変わる。』
です。
バイアス調整が直接的に音質を変えているわけではありません。
なぜバイアスが必要なのか?
それでは、バイアス調整で音質が変化する理由を理解する前に、なぜバイアスが必要かを最初に勉強しておきます。
カセットテープは磁気を使って記録する媒体です。
録音ヘッドに電流を流すことで、テープが磁化され、記録されるという仕組みです。
しかし、実際は音の信号を流しただけでは記録できません。
テープの磁化には、このような物理特性があるためです。
これはヒステリシス曲線といいます。
まず、この曲線から理解しなければならないことが、
少し磁力を与えただけでは、テープは磁化しない。
ということです。
詳しく見て見ましょう。
縦軸が磁束密度、横軸が磁場を表していますが、わかりにくいので読み替えます。
縦軸がテープに記録される信号レベル、横軸が録音ヘッドに電流とします。
水色の線がとても重要です。録音ヘッドの電流に対して、テープがどのくらいの信号レベルで記録されるかを表しています。
まずは、中心付近に注目してください。
中心では、電流がゼロのため、当然ながらテープへ記録される信号レベルもゼロです。
では、少しだけ、電流を流すとどうなるでしょうか。電流量を1としたときの、テープに記録される信号レベルを見てみます。
電流量は1でも、信号レベルは1以下です。極端に言えば、記録されていない状態です。
もう少し電流を増やして3にすると、なぜか録音される信号レベルは3になります。
これが磁気記録における最大の特徴です。
この曲線から、ある程度強い電流を流さないと、テープが磁化されないということが読み取れます。
ということは、常に一定以上の電流を流しておく必要があります。
そこで登場するのが『バイアス』です。
『バイアス』とは、下駄とも訳されます。
先ほどの例で、テープの磁化に最低限必要な電流量が3とすれば、常に3の電流を流しておきます。これをバイアス電流といいます。
つまり、録音に必要なのは、『バイアス電流+音の信号』です。
ポイントは、テープに記録するには、常に一定以上の電流が必要であることです。
交流バイアスを理解する
バイアス電流には、直流バイアスと交流バイアスの2種類があります。
先ほど例にあげた、常に3の電流を流しておくのは、直流バイアスです。
しかし、実際は直流バイアスを採用しているのは少数派で、多くは交流バイアスを採用しています。
オーディオ用のカセットデッキの場合は、100%交流バイアスです。
交流は+と-が絶え間なく入れ替わっている電流のことをさします。
実際のカセットデッキで使われる交流バイアスは、100kHz以上の高周波電流です。
高周波と音声信号を足し算した電流を録音ヘッドに流し、テープに記録しています。
音声信号に交流バイアスを重ねてみる
それでは、実際の録音ヘッドに流れる電流を、グラフで可視化してみます。
条件は、音声信号に1kHzの正弦波、交流バイアスは100kHzの正弦波とします。
まずは、音声信号のみをグラフに表します。紺色の線が音声信号です。
黄色で示している-2~0~+2の範囲は、ヒステリシス曲線の特性によって、テープに忠実には記録されない信号レベルです。音割れや歪みが発生してしまいます。
ここで入力している1kHzの信号は、黄色の範囲にすっぽり入ってしまっているため、このままでは良い録音ができません。
そこで、交流バイアスを足し算してみます。実際の録音ヘッドに流れている電流が、このような波形です。
髭が生えたようなグラフになります。交流バイアスを重ねると、黄色の範囲から抜けるため、テープに記録されます。
なぜ、このように交流バイアスを重ねると、小さな信号でも録音できるのでしょうか?
ポイントは、髭が一番伸びている部分に注目してください。上側と下側の両方にあります。
横方向に辿ってみると、音声信号である1kHzの信号の波形が見えませんか?
交流バイアスを重ねて録音しても、録音した音がしっかり再生される秘密は、上側と下側の平均にあります。
グラフの一部分を切り取って、詳しく見てみましょう。
青の部分に注目してください。上側の髭が+3、下側の髭が-3です。
平均を求めると0ですね。
紺色の線が音声信号ですが、この部分では音声信号も0です。
+と-が同じ強さであれば、打ち消されて0になります。
少し隣の部分を見てみましょう。
上側の髭は+4、下側の髭は-2です。
平均を求めると、+1ですね。
つまり、この部分で実際に記録されている信号は、+1の信号です。
紺色の音声信号も+1なので、しっかり再現できていることになります。
本来、+1は黄色の範囲なので、ヒステリシス曲線の特性により記録されません。ですが、交流バイアスを使って+4と―2の平均値をとることで、-1を表現できるのです。
テープに忠実に記録するためには、なんとしてでも黄色の範囲を避けて録音しなければなりません。
ここでは分かりやすいように切り取って説明しましたが、これが無数に連続しています。
交流バイアス録音は、+側の信号と-側の信号の平均値を利用することにより、音声を記録しているのです。
テープはなぜ消去できるのか?
続いて、カセットテープの消去について勉強しておきましょう。
上書き録音をする場合、前の音を消去する必要があります。バイアス電流と同じように、消去にも直流消去と交流消去の2種類があります。
直流消去は、テープの全部をN極もしくはS極に磁化してしまう方法で、飽和消去とも呼びます。
一方、交流消去は、高速でN極とS極を変えながら磁化すると、打ち消しあって磁気が消える原理を利用しています。零消去とも呼びます。
オーディオ用のカセットデッキは、後者の方法が採られています。
消去ヘッドに100kHz以上の高周波電流を流すことで、テープが消去されます。
ここでのポイントが、消去ヘッドにどのくらい電流を流すかです。
消去に必要な電流量は、テープの種類によって変わります。
「メタルテープは、対応しているデッキじゃないと使えない。」
ということは皆さんご存知かもしれません。音が完全に消えなかったり、歪みの多い録音になってしまいます。
メタルテープは、強い磁気を与えないと記録できない性質を持っているため、録音ヘッドに多く電流を流さなければなりません。専門的には、保磁力が高いといいます。
消去する場合も同様で、電流が足りないと完全に消去することができません。
逆を言うと、電流を少なくすれば音が残るということです。
ここで押さえてほしいポイントは、
電流量で消去するエネルギーをコントロールできる。
ということです。
バイアス調整をすると音質が変わる理由
ここでやっと、バイアス調整で音質が変わる謎が解けます。
長くなりましたが、この謎を解くには、交流バイアスと交流消去の仕組みをしっかり押さえておく必要がありました。
交流バイアスと交流消去で共通しているのは、高周波電流でした。
この2つを図にまとめます。
消去作用は、高い周波数の信号に強く作用します。
先ほどのメタルテープの例で、消去ヘッドの電流が足りないと音が残ります。その時、高い音は消えて、低い音が残っているはずです。メタルテープに対応していないデッキをお持ちでしたら試してみてください。
録音ヘッドにも、バイアスの役割として高周波電流が流れています。しかし、バイアスを多く(深く)すると消去作用が出てくるため、高い周波数の信号を消してしまいます。
そのため、バイアスを深くすると高音域が絞られるように聞こえるのです。
逆にバイアスを少なく(浅く)すると、消去作用が小さくなるので、高音域が消されずに済みます。しかし少なすぎると、黄色の範囲に入るため、音が記録されなくなってしまいます。
これらのことから、バイアス調整で音質が変わる理由は、
バイアスを調整することによって、消去作用をコントロールでき、結果的に音質が変わる。
という結論に至りました。
まとめ
バイアスを深くすれば高音域が下がり、
バイアスを浅くすれば高音域が上がる。
しかし、なぜ高音域が上がったり下がったりするのか? その理由を探るべく、書籍を何度も繰り返し読み込んで、今回やっと謎が解くことができたと思います。
もちろん、別に知らなくても全然問題ありません。
ただ、僕は原理を理解しないと納得のいかない人間ですので、勉強してしまいました。表計算ソフトのグラフから謎が解けたときは嬉しかったです。
なぜバイアスを調整すると音質が変わるのか、その理由がどこにも書いてなかったので、頑張って謎を解いてみました。
ということで、今回はカセットデッキの基礎・知識を学ぶ『カセットデッキのいろは』シリーズの第50回記念で、少し気合を入れて難しい問題にチャレンジしてみました。
カセットテープなんか全く必要のないこの時代に、カセットテープを究めている馬鹿者ですが、今後ともよろしくお願いいたします。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
磁気ヘッドと磁気記録:松本光功 著,総合電子出版社(1983年)
カセットデッキ:阿部美春 著,日本放送出版協会(1980年)