皆さまこんにちは。西村音響店でございます。
今回は、アメリカのATR Magnetics社から発売されたクロームテープのご紹介です。
現在、日本で新品で買えるカセットテープは、ノーマルテープのみ。残念ながら、性能も音声を記録することに重きを置いたテープのみ販売されています。
絶頂期にあった高性能テープは、オークションなどでデッドストックを購入するなど、方法が限られています。しかしデッドストックを使うのは、ちょっと抵抗が感じる時もあるのではないでしょうか。特に、当時の定価以上の値段で取引されているテープです。
そのようなこともあって、どうにか現行で製造されていて良いテープはないだろうかと探しておりました。
目次
ATR Magnetics クロームテープとは何者?
ATR Magnetics社は、ペンシルベニア州にある企業で、主にオープンリール向けの磁気テープやアクセサリーを販売しています。
同社の公式Facebookによると、このテープの発売は2018年10月ごろ。ちょうど1年前になります。
「よっしゃ、クロームテープが生産されているからこの先も安泰だ!」
と思いました。しかし、この記事を書いている2019年10月時点では、公式ホームページには商品が載っていません。どうやら限定生産のようでした。
公式ホームページに、今回のクロームテープについてニュースが記載されています。
”ATR Magnetics recently acquired a stock of the, increasingly scarce, BASF Super Chrome Cassette tape. We value the increasing popularity in the cassette medium and would like to provide a source for you, our loyal customers. The chrome, type II cassette stock provides you with the gold standard of master cassette recording. The tapes will be sold in a box of 10 and be available in the C-60 and C-90 format, 30 and 45 minutes per side respectively. ”
(ATR Magnetics 公式HPより)”ATR Magneticsは最近、ますます不足しているBASF Super Chromeカセットテープの在庫を取得しました。 カセットメディアの人気の高まりを評価し、忠実な顧客であるあなたに情報源を提供したいと考えています。 クロムタイプIIカセットストックは、マスターカセット録音のゴールドスタンダードを提供します。 テープは10箱入りで販売され、C-60およびC-90形式で、それぞれ片側30分および45分で入手できます。”
(Googleにて翻訳)
文面によると、テープはBASF社のものを使用しているようです。となれば、本物の二酸化クロムを使っている可能性があります。
今回のクロームテープは、調べた限りでは日本には流通していませんでした。ですので、アメリカの磁気テープ専門店で購入しました。バリエーションは60分と90分の2種類で、どちらも10巻入りです。価格は60分が$44.99、90分が$49.99、1巻あたり450~500円となる計算です。
テープ自体の価格はそんなものですが、なにせよ太平洋の上を飛んでくるわけですから運送賃で$80掛かります。国際輸送の転送サービスを使ったので、輸送コストだけでも$100は越えました。
もしクロームテープが継続的に生産されてくれれば、この先もカセットテープを安心して楽しめますね。何しろヒスノイズが少ないので、JAZZやクラシックなど楽器がメインの曲には必需品といってもよいかもしれません。
僕自身も、最近はニューエイジを聞くことが多くなり、ハイポジが必要不可欠です。
米国よりはるばる到着。開封してみよう。
日本でも1箱10巻入りという売り方は、音楽用のテープでは標準だったと思います。今回のテープも、しっかり箱に入っています。10本まとめてフィルムで包んであるだけのチープな雰囲気はありません。
それでは、封を切って1本取り出してみましょう。
1本テープを取り出してみると、なぜかB面を表にして梱包されていました。日本だと100%A面が前を向いていますから、ちょっと違和感がありました。まぁ、これがアメリカなんだなと受け止めます。
1巻1巻の梱包は、透明のフィルム1枚でパッキングされているだけで非常にシンプルです。昔の高級テープですと、できるだけフィルムも綺麗に剥がしたくなるので凄く慎重になります。メタルテープを開封するときなんて、どれだけ緊張することでしょう。
透明フィルム1枚なら気にせず、ビリビリに開封してもOKです。
インデックス
インデックスラベルはなく、直接書き込むタイプです。
また、インデックスカードの内側に曲名を書き込むスペースが用意されているので、タイトルを見えるようにしたいときは裏返して使います。
ハイポジ検出孔
クロームテープ検出用の穴もしっかりありますので、オートテープセレクターのデッキにも対応します。
(ノーマルテープ用ハーフにハイポジのテープを入れた製品も存在するようで、検出孔の有無は重要です。)
ハーフの重さは、現在販売されているURテープより10グラムくらい軽いです。
磁気テープの色
クロームテープっぽい真っ黒な色をしています。ただ、厳密には若干灰色がかっています。
先ほどお話ししたように、本物の二酸化クロムを使っていれば、本当に真っ黒なコバルト系のテープとは違うはずです。
ちなみにベータマックスの初期のテープが二酸化クロムを使っていまして、DVDへダビングする仕事のアルバイトをやっていた時に見たことがあります。その時の記憶と色がそっくりです。
性能の高さに思わず声を出してしまった。
それでは、いよいよデッキで性能をチェックしてみます。
方法は色々ありますが、まずは手軽なキャリブレーション機能を使った方法でやってみましょう。
デッキはTEAC V-8030Sを使用します。
性能をチェックするうえでのポイントは、デッキのセッティングです。
このV-8030Sは、キャリブレーションのツマミ(Level,Bias)を±0にしたときに、TDK SAテープに合うようになっています。
これを踏まえてツマミを±0にしてから、ATR Magneticsのクロームテープをかけてみましょう。
録音レベル
テープの録音感度を調べます。
基準の▼印より下回っているので、感度は少し低めです。レベルは少し大きめにしてあげる必要がありそうです。時計周りに2目盛分ツマミを動かせば▼に合いました。
バイアス
キャリブレーションのボタンを押して、バイアスモードに切り替えます。すると、メーターが一気に振れます。
これには思わず声を上げてしまいました。
高級テープになるほど、メーターの振れ方が大きくなります。磁束密度と保持力が高くなることから、必要なバイアス量が増えるためです。その分、大レベルでの録音が可能となります。
最終的なキャリブレーションのセッティングは、【levelツマミ】+2目盛、【biasツマミ】+3目盛となりました。
ここから分かるのが、SAでさえ高性能テープの代表格であるのに、それを越える性能を持っていることになります。
では、日本のテープでは、どれくらいのクラスに該当するのか。クラスというのは、TDKのハイポジであれば、SR、SR-X、SA、SA-Xのどれに相当するかです。
先ほど試したように、SAは優に越してしまっているので、SA-Xに相当? しかし生憎SA-Xのテープを持っておらず、SONYのテープで試してみました。
手持ちのSONYのテープを順々に試したところ、UX-Sが最も特性が近いという結果に。
UX-Sでキャリブーレションを取ると、ツマミの位置がこのようになります。
UX-Sでのキャリブーレション
特にbiasのツマミを見てみると、UX-Sの方が±0に近いです。つまり、ATR MagneticsはUX-Sを超えるような性能を持っている可能性があります。
UX-Sは、ハイポジの中でもかなりバイアスを深くしなければ調整が合わないテープです。これを踏まえるとATR Magneticsのテープがいかに恐ろしい能力を持っているかを知らしめられます。
ホワイトノイズで特性を見てみる
ホワイトノイズを録音してみると、音質を差を生みやすい1~10kHzをグラフで見ることで、ドンシャリ系なのか否かを推定できます。デッキは同じくV-8030Sです。
まずは基準のTDK SAを見てみましょう。
TDK SA
このようなグラフを描きました。
これをしっかり覚えておいて、次にATR Magneticsのクロームテープ。
ATR Magnetics
両者を比較すると、線の曲がり方に少し違いがあります。SAでは、若干くの字型になっているの対し、ATRは綺麗な円弧を描いたグラフです。
ということは、SAとは少し癖が違うということになります。では、UX-Sではどうでしょうか。やってみましょう。
UX-S
こちらの方がグラフの描き方が似ています。UX-Sに特性が近そうです。
しかし、3つともこのような形をしたグラフは、実はデッキとの相性がイマイチであることを意味しています。ですので、別なデッキで試してみます。
今度はA&D GX-Z9000です。セッティングはV-8030Sと同じく、biasのツマミを±0にしてSAに合うようになっています。
奥に写っているモニターが小さいですが、グラフの形を見ていただければと思います。
まずはATRから。
ATR Magnetics
V-8030Sと比べると、グラフがくの字の形にしっかり描かれているのが確認できます。このようなグラフであれば、デッキとの相性が良いです。ドルビー録音でもより綺麗に録音できます。
バイアスは相変わらず深めです。時計の針でいうと、2時の方向です。
次は特性が最も近かったUX-Sで試してみましょう。
UX-S
ATRとグラフの形がそっくりです。バイアスの調整も同じくらいで、ツマミは2時の方向で合います。
2台のデッキで性能を調べてみた結果、テープの優秀さは本物でした。一流といってもよいと思います。令和の時代に、これほどまでに恐ろしいテープが出てくるとは驚かずにはいられません。
量産してくれたら嬉しいな~と思わされる音質。
音質チェックは、先ほど相性の良かったGX-Z9000で録音・再生して行いました。
ヒスノイズの少なさは、流石クロームテープです。ノイズリダクションは、ドルビーBがあれば十分気にならなくなります。
気になる音質ですが、ドンシャリだったり、音が分厚かったりといった癖はありません。オールラウンドに使えそうな感じです。
しっかりとキャリブレーションを取るには、バイアスを深くする必要があるため、大レベルでの録音にも耐えます。曲にもよりますが、+6まで振れても問題なさそうです。重低音にはよく耐えてくれます。
文章ではなかなか伝わりにくい部分もありますので、お持ちのヘッドホンで聞いてみてください。
【ロック系】
【ジャズ系】
【テクノ系】
【EDM】
【オーケストラ】※ドルビーB録音
量産が可能であったら、ぜひ販売したいくらいです。新製品のテープだから、性能はそこそこだろうと舐めていたら予想外でした。
今回のまとめ
昔と比べたら、新品で購入できるテープの選択肢は指で数えられるほどになってしまいました。本当に寂しい限りではありますが、そんなところに今回の救世主が現れたようでした。
ノーマルテープでも楽しめますが、個人的にはクロームテープ・ハイポジが音質と価格のバランスが良くて最も使いやすいです。そうなるとクロームテープは欠かせないものだと思います。
数年前に突如登場した、百均のハイポジが復活してほしいと改めて思った次第です。
使用音源:魔王魂 https://maoudamashii.jokersounds.com/
動画バージョン