いきなりですが、問題です。
カセットテープは再生中、1秒間に何センチ送られているでしょうか?
規格(IEC)でしっかりと決められているお陰で、どのデッキでもきちんと再生することができます。
さて、今回取り上げるのは倍速モード。実はカセットデッキにも倍速モードという機能が存在します。VHSの3倍モードは馴染みがあるかもしれませんが、これは録画時間を3倍にする機能なので今回の趣とは違います。
もちろん倍速モードが付いているデッキはかなりの少数派です。それもそのはず。他のデッキでは再生できなくなってしまいます。無理やり再生すると、ボーカルが音声加工された893の声になります(笑)
ノーマルテープでも音質をメタルテープ並みに出来るということで、なかなか面白いかつマニアックな機能だと思います。
今回は倍速モードを搭載したデッキを4台+αを集めてみました。
TEAC C-2X
最初にご紹介するのは、1980年製のTEAC C-2X。銀色の大きな3つのボリュームが特徴で、やっぱりTEACと言ったらこのザ・業務用的なデザインがポイントですね。
倍速モードにすることで大きく差が出るのは、音質・ワウフラッター・周波数特性の3つです。最初のC-2Xでは、これら3つにどんな差が出るかも詳しく見ていきます。
音質
今回、音質チェックに使うテープはお馴染みのマクセルURです。昔の音楽用テープと比べたら敵いませんが、こんな汎用テープでもどこまで音質がブーストアップされるか注目です。
【標準】
【倍速】
高音域がよく出るようになるのは、なんとなく予想がつくかと思います。でも実はもう1つ違いが出るものがあります。それがヒスノイズ。
ヒスノイズは無音の時に聞こえてくる「シー」という雑音です。これが倍速モードになると少し低減されます。ただ、厳密は低減されているように感じると表現した方が正確かもしれません。
ヒスノイズは10kHz以上の高い周波数の成分が多くふくまれます。そこでテープを送るスピードを倍にすれば、ノイズの成分も倍の周波数になります。
人間は20kHzを認識するのは難しいですから、倍速モードにするとヒスノイズが聞こえなくなるというのが正直なところだと思います。
周波数特性
今度は測定データで比較していきましょう。-20dBのホワイトノイズがどのような特性で録音されるかチェックします。
結果がこちら。
倍速モードにすると特性が恐ろしいことになります。超ド級のNakamichi 1000ZXLの性能に匹敵するような勢いです。
これなら安いノーマルテープでもメタルテープを超える音質をGETできる!と喜びたいところですが…90分のノーマル、46分のメタル、当時1980年ごろはどちらも価格に大きな差はなかったようです。
しかも他のデッキで再生できないという縛りが発生しますからね。結局、倍速モードは単に変態機能で終わってしまったのか、搭載されなくなりました。
※そもそも倍速モードはカセットテープの規格で認められていません
ワウフラッター(音揺れ)
テープのスピードを倍にするのは音揺れの低減にも効果があります。肝となるのはキャプスタンの回転です。
モーターは基本的に低速回転を滑らかに回すことは苦手です。どうしても回転ムラが出てしまいます。
さて、倍速モードにするとどれくらい効果があるのか。ワウフラッターメーターを使って測定してみました。ワウフラッターは%(パーセンテージ)で表されます。数値が小さいほど音揺れが少ないことを意味します。
ちなみにC-2Xはカタログ値で、通常速度0.04%、倍速で0.03%です。0.04%でもなかなか良い値で、耳で音揺れを感じ取ることが難しくなるレベルです。
今回の測定は録音同時モニターを使った方法ですので、再生時になるとまた値が異なってきます。ただ、しっかりと値が小さくなっていることは確認できました。
最も正確な測定方法は、このような調整専用のテストテープを使う方法です。しかしこのテープは倍速モードに対応していない!
標準モードではしっかり0.04%あたりで推移していました。デッキの状態も非常に良いです。
ということで、テープのスピードを速くすると3つの要素すべてが良い方向に変化します。ただし、引き換えとなるのは録音時間。テープのスピードを倍にすると、録音時間は半分になります。
他にもオーディオ用では少ないですが、逆にスピードを遅くできるデッキも存在します。これは音質を引き換えに録音時間を増やします。特に会議の録音で役に立ちますね。(今は全然役に立ちませんが…)
TEAC C-3X
C-2Xのワンランク下のモデルです。こちらも1980年製です。大きな違いはシングルキャプスタン方式になっている点でしょうか。もちろんアンプの回路も違いますので、音質も異なります。
【標準】
【倍速】
C-2Xの音質と比べると標準モードで少しに差があります。C-3Xはどちらかというと中音域が若干強めで厚い音のように感じます。
一方、倍速モードは大きな差は感じられませんでした。音質が良すぎて違いが判りません(;´・ω・)
それでは周波数特性を確認してみましょう。
C-3Xの方が厚い音だと感じた要因は1~10kHzの中高音域です。若干C-3Xの方が、グラフが膨らんだような形になっています。録音できる周波数の範囲はC-2XもC-3Xも変わりませんが、まったく違う特性にチューニングされている部分には感心しました。
バブル期になると、各メーカーとも基本設計はそのままで単に一部機能を省略するといった製品展開が流行ります。言い方は少し悪かもしれませんが、コストダウンして設け主義に走ったような雰囲気が漂っています。
それを考えると、C-2X・C-3Xは相当なコストを掛けられているように思います。やはり1980年前後に登場したデッキは凄いヤツが多いです。アカイのGX-F95、パイオニアのCT-A1、マランツのSD930、etc…もちろんナカミチのデッキもそうです。 本当にこの頃のカセットデッキは技術の結晶だと思います。
倍速モードの方は相変わらず凄いです。これなら、ハイレゾの音源も余裕で録音できますね。
TASCAM 134
次はTASCAM。この134は、マルチトラックデッキという特殊なデッキです。ノーマルやメタルだと都合が悪いのか、それともTASCAMの伝統なのかわかりませんが、ハイポジ専用となっています。
そんな変態なデッキでも、テープのスピードを切り替えられるようになっています。標準モードにすれば、他のデッキで録音したテープでもハイポジとメタルなら再生可能です。
さて、今回の特集はテープをマクセルURに揃えたいところですが、このデッキはハイポジ専用。ノーマルテープは使えません。
かといって、「ノーマルが使えないから割愛します」と済ませるのは素っ気ないです。ということで、参考までにハイポジの王道テープであるTDKのSAを使って録音・測定をしました。
まぁSAなら文句ないでしょ!と期待…したのは間違いでした。聞いてみると分かります。
【標準】
【倍速】
標準モードの方は、もうノーマルどころか1990年代のデッキとは思えない音です。倍速モードにしてやっとまともな音になるといったところです。
アナライザーで周波数特性を確認すれば、その真髄がわかります。
あらっ…
業務用デッキとはいえど、録音性能はそこまでないようです。というより、こんなにも狭い周波数範囲でしか録音できない事には驚きました。倍速モードでも、そこら辺の中堅クラスの性能にも劣ります。
色々と謎な要素があるのが業務用デッキの面白いところですけどね。変態要素満載です。
Marantz SD3000
倍速モードが付いているのはTEACばかりかと思いきや、マランツにも存在します。こちらはさらに古い1979年製です。
なかなか珍しいカセットデッキだと思いますが、出どころは青と黄色のなんちゃらOFF。
標準モードで録音した時の音は、1970年代に多いいかにもカセットテープの音という感じです。しかし、倍速モードにするともう1つ裏の人格が現れたかのように豹変します。
【標準】
【倍速】
この音質のブースト具合は恐ろしいです。もう1970年代のデッキの音じゃありません…廉価モデルのような外観のデッキからこんな音が出てくるとは恐ろしいですね。
さらに恐ろしいのは周波数特性。
やっ、やべぇ…( ゚Д゚)
1つお伝えし忘れていましたが、このデッキ、2ヘッド方式です。2ヘッドで、マクセルのURで、24kHzまで録音とは恐ろしいですね。
マランツといえば、他にも打倒DRAGON(?)のために開発されたMAAC搭載のデッキがありますね。SONYやビクターなどの超大手メーカーと比べると機種数は少ないですが、やっぱり変態はどこのメーカーも必ず居るのではないでしょうか。
これも一応倍速モード搭載?
さて、ここまで4台の倍速モード搭載デッキをご紹介してきました。でもよく考えたら、倍速モードを搭載しているデッキ、青と黄色のなんちゃらOFFのジャンクコーナーにごまんと居ませんか?
こいつです。
ダブルデッキ!
よく考えたら付いてますよね。高速ダビング機能。テープのスピードを倍にして、半分の時間でダビングを行うという機能です。
じゃあ、これを上手く使えば倍速録音のテープも再生できる?
ということで実験しました。結果がこちらの音。
【倍速モードで録音したテープを高速ダビング機能で再生】
うーん…ちょっとこれでは上手く再生出来ているかと言うと違うかなと思います。どうやら再生イコライザーの設定が標準モードと異なるようです。
実際にTEACのカタログを見てみるとわかります。
姉妹機的な存在であるTASCAM122のスペックです。(なぜかC-2Xの詳細スペックが載っていない)
イコライザー時定数を見てみると、ノーマルテープの倍速モードは50μsとなっています。標準モードのハイポジ・メタルで使う70μsに近いです。となれば、流石に時定数が大きく違うと音質も大きく変わってしまいますね。
分かりやすい例は、ハイポジをノーマルしか使えないラジカセで再生したときの感じです。
そしてどうでもよい事ですが、このデッキを「ダブルデッキじゃなくてツインデッキでしょ?」と思ったあなたはかなりのツウです(笑)
なぜ約9.5センチなのか?
冒頭のクイズでご紹介しましたが、普通にカセットテープに再生している時は1秒間に約4.8cmの速さでテープが送られています。
そして、倍速モードの時は約9.5cmです。
9.5センチです!
おかしいですよね?4.8を二倍したら9.5ですって。小学校4年生で習う計算を間違えています。
さっき出てきたTEACのカタログにも、4.8センチ・9.5センチとなっていましたね。
でも安心してください。これにはちゃんとカラクリがあります。
実は約4.8センチの「約」がポイント。4.8はいわゆる近似値で、もっと正確な値が定められています。それが4.76。
4.76を二倍すれば9.52となり、四捨五入(正確には有効数字2桁)すれば9.5という値が出てきます。
カセットテープはアナログ記録の媒体ですから、誤差は避けられません。そのため、4.8センチや9.5センチと表現しているのは誤差を加味していることが理由です。
倍速モードは、使える?使えない?
さて今回は、倍速モードを搭載したデッキと、4.8センチ・9.5センチの謎をご紹介しました。使える機能かといったら、正直、使えないです(;´・ω・)
やはり他のデッキで再生できなくなる縛りはデメリットが大きいです。それでも、なかなか遊びがいのある面白い機能だと思います。
また、メタルテープはプレミアが付いて当時の定価よりも高くなっていますから、手に入れても使いにくいです。そうなると、安定して入手できるマクセルURと倍速モードの組合せはアリじゃないかなと思います。
興味がわいた方はぜひ一度、倍速モードの音質ブーストアップを体験してみてはいかがでしょうか?
今回の機材
デッキ
・TEAC C-2X (1980年製) 協力:船野様
・TEAC C-3X (1980年製) レンタルで提供中。詳しくはこちら
・TASCAM 134 (1994年製)
・Marantz (1979年製)
・YAMAHA KX-T900 (1988年頃)
テープ
・マクセル UR (2020年発売モデル)
・TDK SA (1994年頃? 海外モデル)
動画バージョン