今回は、1999年製のSONY TC-KA3ESのフルオーバーホールのご紹介です。東京都の方より、再生が出来ないとの事で御依頼をいただきました。
TC-KA3ESは、1989年発売のESGシリーズより採用されているサイレントメカニズムを搭載しています。そのため、KA3ESでも同じような故障の症状が発生します。
原因はこちらのメカを動作させる小さいベルトです。このベルトの劣化が早く、動作不良あるいは全く動かなくなるといった現象が発生します。
フルオーバーホールをご希望ということで、メカの整備と電子部品の交換を行いました。
それでは先ず、メカの整備から入ります。メカの取り外しは、3つのコネクタを抜き、ネジは上側に2つ、下側に2つにありますので外します。3つのコネクタですが、それぞれモーターなどの駆動関係、カムスイッチの信号線、カセット検出孔スイッチの信号線となっています。
フロントパネルを外すことなくメカを取り外せる事から、整備性も大変良いと思います。逆に整備性が悪いものと言いますと、例えば配線が複雑である、別の部品まで取り外す必要があるといったものです。
メカの取り外しに成功しました。慣れると早くて3分くらいで取り外すことができます。メカは後ろから引き抜いて取り外します。
ここからはメカの全分解です。方法はESGシリーズ以降すべて共通です。分かり易く作業を進めるために①、②、…とブロック分けをして進めていきます。
まずは①、カセットホルダ周辺の部品です。手動でオープン状態にしてから、カセットホルダを取り外します。その後再びクローズ状態にし、周辺の部品を取り外していきます。メカを手動で動かしますので、予めどのようにメカが動作するのかを把握が必要です。またモーターに直接電源を入力するため、電源装置が必要になります。乾電池でも3個直列にして4.5Vを印加すれば動作が出来ます。
続いては②、メカ前面にある、リール台、ヘッド、ローラーなどの部品です。各部品を順番に外していきます。リール台は、先端部分が圧入されていますので、隙間に小さいマイナスドライバーなどで少しこじる様に引き抜きます。
続いてはキャプスタン・D.Dユニット、メカの前面を切り離します。ピンチローラー付近の4つのネジを外すと分離することが出来ます。キャプスタンを③、メカ前面を④としました。
④をさらに分解すると、モーターとカムスイッチを取り外すことができます。これを⑤とします。細長いネジが5本ありますが、1本だけ少し形状が異なっていますので、この1本だけ取り付け位置をしっかり確認しておきます。残りのネジは共通です。
その後、各ブロックを更に分解して、全ての部品がバラバラの状態になりました。綺麗に5つのブロックに分かれます。ここで古いグリースを完全に落とすため、脱脂洗浄を行います。
こちらはD.D.(ダイレクト・ドライブ)の駆動回路です。表面実装型の電解コンデンサから漏れ出した電解液がプリント基板を腐食させる恐れがあるため、ラジアルリード型に交換を行います。
今回はフルオーバーホールですので、クォーツロック回路や、リールモーターにあるノイズ防止用に使われている電解コンデンサも交換しました。
DCモーターの分解清掃です。ブラシと整流子の清掃を行いますが、清掃だけでなく組み立ても不十分ですと回転不良が発生する恐れがあります。組み立て時はしっかりブラシ部分が固定されていることを確かめ、電圧を印加して回転トルクにムラが無いかの確認が重要になります。
脱脂洗浄を終えた部品です。脱脂洗浄はパーツクリーナーによる古いグリースの除去や油汚れの除去を行います。完全に脱脂を行うことで、新旧のグリースが混ざることを防ぐこと、および新しく塗布するシリコーングリースの効果を十分に発揮させることを目的としています。
ここからはメカの組み立てになります。分解時と逆の手順で組み立てを行っていきます。
DCモーターを基板へ実装するときは、極性に注意します。予めどちらが+か-かをマーキングしておくと迷わず実することができます。またリールモーターに圧入するギヤも、圧入具合に注意します。あまりにも位置が奥、あるいは手前の位置にあると、他の部分と干渉して正常な回転が出来なくなります。
④のギヤ類の取り付けです。脱脂洗浄によって古いグリースは完全に除去しました。ここで新しいシリコーングリースを塗布します。ただし、ベルトを掛けるプーリーと、その次の2段ギヤは塗布しません。そもそも回転が速いため、逆に塗布してしまうことで回転負荷が掛かってしまいます。ベルトは新品のものを取り付けます。
グリースの種類は様々ありますが、このシリコーングリースが樹脂部品の潤滑に適しており、温度変化にも強い特徴をもっていますが、他のリチウムグリースなどより高価です。
③の組み立てです。FGセンサー、キャプスタンホイール、ドライブ回路、クォーツロック回路の順で組み立てます。こちらもベルトを新品に交換しました。
③、④、⑤を合体させます。各ブロックがしっかり組みあがっていますので、取り付けも容易に行えます。
②の取り付けも、分解時と逆の手順になります。先程、説明しましたように、各部品の取り付けの順番に注意します。1つでも順番を間違えるともう一度始めから取り付けになります。たとえば、リールストッパーを取り付け忘れて、ヘッド、ピンチローラーを取り付けてしまうと、後からストッパーを取り付けようとしても不可能です。
ここで、外部電源からモーターを動かし、リールの回転、ヘッドの上下など、メカの動作に異常が無いかを確認します。
最後に①の組み立てです。分解時と同様に、オープン状態にして取り付ける部品、クローズ状態にして取り付ける部品があります。組み立て終わったら、再度モーターを動かして正常に開閉が出来るかを確認します。
手動での動作で正常であることを確認できたら、本体に接続して動作確認を行います。電子部品の交換の前にメカが正常であることを確認しますので、ここで1週間ほど動作確認の時間になります。ヘッドの調整もこの段階で行っておき、機械系等が全て正常な状態にしてから電気系の作業へ移ります。
1週間が経ち、機械系等が正常であることを確認できたため、電気系統の作業へ移ります。先程はメカのみを取り外しましたが、今度は基板やパネル等あらゆる部品を全て取り外します。
始めにバックパネルを外します。ネジを外すだけですが、電源ケーブルと一体になっていますので、電源スイッチに接続されているコネクタも抜きます。
こちらはシステムコントロール回路(通称:シスコン)の基板です。取り外しの際は電源トランスが干渉しますので、トランスの固定を外して避けてから基板を外します。
電解コンデンサとパワートランジスタの交換を行いました。トランジスタは2SD2012が2つ、2SB1375が1つです。
ニチコン製のFGシリーズを中心に使用し、プリアンプ電源の電解コンデンサは、ニチコン製のオーディオ用で最高級のKZシリーズを使用しました。電源コンデンサの容量は1000uFと470uFで、耐圧は共に50Vです。元々は63V耐圧ですが、オペアンプの電源は±10Vですので、実際のところ余裕を持たせても耐圧は25Vで間に合います。一般的には元々の耐圧より低いものに交換してはいけないと言われますが、先ず実際にコンデンサに印加される電圧がどうかをまず確認することが必要になります。
耐圧の高いコンデンサを用いるメリットとして、損失角の正接(tan δ)の改善があります。tanδの値が小さいほど性能の良いコンデンサとされますが、例としてFGシリーズとKZシリーズを比較すると、50V耐圧ではFG:0.10、KZ:0.08、63V耐圧はFG:0.09となっています。KZはラインナップがありません。このことから、63V耐圧のFGより、50V耐圧のKZの方が性能が高いと言えます。
最も、数値の違いで音の違いを感じることには個人差がありますが、何れにしましても回路に見合ったコンデンサを選定しています。
タクトスイッチの交換も行いました。4つ足タイプのスイッチで計15個になります。ボリューム(可変抵抗)には洗浄剤で接点の清掃を行いました。
基板を取り付ける前に、本体内部とパネルの裏側を清掃します。どうしても埃が溜まってしまう部分ですが、部品を取り外すのは難しいため、オーバーホールでは見えない部分まで綺麗な状態に出来るといったメリットもございます。
とても状態がよく、大事に使われている様子が伺えます。元箱で送ってこられましたので、元箱の場合は返送の際に極力ダメージを与えないよう、元箱を発泡スチロール製のシートで保護してお送りしています。
再度、元に組み立てます。そしてメカの整備が終了した後と同様に、もう一度動作確認を行います。正常であれば配線処理を行い、キャビネットを閉じて完了です。
以上でTC-KA3ESのフルオーバーホールは完了です。当店所有のKA3ESはゴールドですが、今回ブラックのKA3ESを見れたということで、画像ではありふれたカセットデッキの印象と捉えてしまいがちですが、実際に手元で眺めて見ますと光沢が非常に綺麗で高級感がとても感じられます。ディスプレイの上にある横のラインとも相まって、スタイリッシュさもポイントだと思います。
TC-KA3ESにつきましては、通常のオーバーホールだけでなく、所有デッキで改造・チューンナップを行っております。KA3ESの修理・オーバーホールは是非当店にお任せください。