みなさん、こんにちは。西村音響店です。
「まさか壊れるなんて然う然うないでしょ?と思っていたら、肝心なときに壊れていた。」
そんな事がカセットデッキでも起こり得ます。
今回はカセットデッキの厄介な故障のひとつ、ドルビー用のICが壊れるというお話です。
ドルビー用のICが壊れるとノイズリダクションが使えなくなりますが、滅多に壊れません。壊れる心配はそれほどしなくても大丈夫です。ただ残念なことに「滅多にない」ということは、1台くらいは遭遇してしまいます。
特に1970年代後半~1980年代前半のデッキを持っている方は、ぜひ頭に入れていただくとよいお話です。今は大丈夫でも、もしかしたら症状が出るかもしれません。
こんな症状があったらICが壊れているかも…
カセットデッキの約90%は、メカニズムが壊れて動かなくなります。基本的にベルトが伸びたり切れたり、部品が固着して動かなくなったりと、機械的な部分が壊れてしまうことが大半です。
しかし厄介なことに、残りの約10%は電子回路が原因で壊れるケースも発生します。今回紹介するドルビーICの故障も、そのケースの類です。
まずはドルビーICが壊れた事例を2つ紹介します。どちらもノイズリダクションが正常に使えなくなることは共通してますが、症状が違いました。
例1:ドルビー再生で片側の音がやたら歪む
AKAI GX-F90(1981年製)を修理しているときのことです。
修理が難しいデッキTOP5を更新するくらいの難易度で、やっとメカニズムのオーバーホールが終わっていざ再生してみると…なんか音が変。
こんな音がします。
※5秒後にドルビーをONにします
ドルビーをONにすると右側だけ「あれっこんなバイアス浅くして録音したっけ?」と首を傾げてしまうくらいに音が歪みます。
つい「コンデンサーが壊れてるんじゃない?」と思って、交換してみるものの効果なし。確かにコンデンサーも壊れやすい電子部品の1つですが、残念ながら原因は他にあるようでした。
となれば消去法で、原因はドルビーICに絞られました。
ちなみに新品のドルビーICは当然ながら手に入りません。となればドルビーICを移植して修理することになります。では、どのデッキから移植してきましょう?
同じGX-F90から移植しますか? ― 確かに最も確実です。でも球数は多くないし、レストア可能なデッキから移植するのは勿体ないです。
「う~ん、家になんか使えるデッキが転がってないかな…」
ガサガサガサ…
おしっ!コイツが丁度いい!
段ボールの中から引っ張り出してきたのはこちら。
全く別メーカーである、ヤマハのK-1B(1979年製)です。ピンチローラーの劣化が激しく、しかも交換できずで、部品どり用として保管していました。
今回のポイントは、型番が同じICであれば別に同じデッキでなくともOKであること。デッキのメーカーが違っても、ドルビーICは同じものが汎用されているケースが多いです。ただ、事前にどのデッキに何のICが使われているかを調査しておく必要がありますね。
部品どり用にジャンクデッキの塔を作っている人なら、1台1台基板を調べていけばもしかしたら見つかるかもしれません。
今回は幸運にもK-1BとGX-F90のドルビーICが同じということで、移植が実現しました。
もう1つICが残っているので、他のデッキを助ける役目はまだ終わっていません。1台が今回のような故障が起きたということは、きっと同じような症状を抱えているデッキが存在するでしょう。
もしかしたら再びそんなデッキに遭遇するかもしれません。その時のためにも、段ボールの中で出番を待ってもらうことにしましょう。
ICの移植で無事に延命を遂げたGX-F90。本来はこのような音の変化になるはずです。
※5秒後にドルビーをONにします
例2:ドルビーONにすると片側が全く録音されない
TEAC C-2X(1980年製)を修理しているときのことです。今度は録音するときに右側の音が出なくなる症状が発生していました。
例によって、コンデンサ交換で直ってくれんかな?と、つい簡単な方へ考えてしまいます。ただC-2Xの場合は、心当たりのあるコンデンサがあります。
矢印で示した橙色のフィルムコンデンサ。これが壊れる事例をこれまでに幾度か見かけました。C-2Xに限らず他のデッキでも、録音ができなくなったり、ノイズリダクションが変になったりと、厄介な電子部品の1つです。
しかし、交換しても効果なし。またもや消去法でICが壊れていることが発覚します。
さぁどうしましょう?
実はC-2XのドルビーICは、ソケットを噛まして基板に実装されています。もしかしたら、ICを左右入れ替えればあ~なるんかな?
早速試してみました。
案の定、右側は出て左側が出なくなりました。ICの故障が確定…残念です。
となればドルビーICを移植することになるのですが、さぁ今度はどのデッキから移植しましょう?
同じC-2Xから移植しますか? - 確かに最も確実ですが、もっと状態の酷いデッキから移植して安く上げたいところです。
というわけで、本当に申し訳ない気持ちですが、部品どりとして保管してあったTASCAMの初代122から移植することに。(本当は122をレストアしたかったけど…)
ところがこの122は外観がボロボロで、既にC-3Xの部品どりにされています。もうレストアは難しいということで、C-2Xの復活にはちょうど良いです。
しかも同い年なので使われているドルビーICも一緒。
早速移植しましょう。
移植後、ドルビーONでもばっちり録音できるようになりました。またしてもドルビーICが壊れていたとは…
実は、先ほどのGX-F90とC-2X、一緒のタイミングで預かっていて2台ともICの故障に遭遇する事態となりました。2台同時に遭遇するのは稀かもしれませんが、さすがに連チャンで遭遇すると少し不安になってきます。
移植は、複雑な故障や原因不明の故障を高確率で直せる、強力な手段です。しかしながら、部品を提供してもらうためのデッキ(ドナー)が必要になります。カードゲームの用語を借りると、いわゆる生贄です。ドナーとして生贄となったデッキは復活できません。
そうとなれば、ドナーにはできるだけレストアする価値が低いデッキ(個体)を選びたいところです。しかし、そのようなデッキがなかなか見つからず、断念せざるを得ないこともあります。
一見壊れそうに見えないICが何故壊れた?
さて、電子工作の経験がある方なら、電子部品が熱で壊れるという話を耳にしたことはありませんか?
電子部品には、「何ワット以内で使いなさい」「何アンペア以内で使いなさい」という風に定格があります。定格を守って使うのはもちろんですが、守っていても電力(負荷)が大きいほど寿命が縮まるとされています。
特にデッキの動作に必要な電力を供給しているトランジスタは、触り続けることが出来ないほど熱いです。やけどまでは至らなくとも、低音やけどは十分あり得ます。
一方、ドルビー用のICは別に電源を供給するようなものではないですから、発熱はそれほどしません。
率直に表現するのであれば、「ドルビーなんて、ただ高域を上げたり下げたりするだけ。」
と思って、軽々しくICを触ったら
アチっ!
何故かドルビーICが熱を持っています。電源を供給するようなパワートランジスタが熱くなるのは分かります。しかし、なぜドルビーICがこんなにも熱い?
確かに、素手で触り続けてられないほどであれば、熱で壊れるという事も何となく理解できます。
せっかくなので、ICの温度をテスターで測ってみましょう。僕が使っているテスターは、画像のような専用のリードを使うことで温度を測定できます。今は先端をどこにも当ててないので、テスターの表示は室温の29℃。
では先端をICの表面に当ててみます。果たして結果は…
この温度の湯舟に入れる人は、かなりの強者です(笑)
ちなみに比較的新しいデッキは、熱くありません。1989年のデッキ(A&D GX-Z6100)で、同様にドルビーICの温度を測ってみました。
それにしても同じドルビーノイズリダクションのICなのに、こんなにも発熱の具合が違うのか、僕も謎です。
まとめ
今回はドルビーICが壊れていたデッキの例を2つご紹介しました。共通していたのは、どちらもドルビーICが熱を持っていたこと。もちろん、熱が原因とは断定できませんが、2台とも共通しているという事は大きな手掛かりになりそうです。
今回紹介した壊れやすいドルビーICは、1970年代後半~1980年代前半のデッキに多く使われています。もしドルビーをONにすると音が変になった時は、もしかしたらICがお釈迦になってしまっているかもしれません。
ドルビーICはカセットデッキ専用というように、機能が特殊であるICは残念ながら新品の入手が難しいです。カセットデッキ以外でも、そのようなICが使われているケースは少なくないと思います。
僕らカセットデッキが好きな人にとって、ドナーはデッキを延命するためのお守りです。
でも気を付けてください。
興味のない人からすれば、ただの[ ]です。
さぁ、皆さんなら括弧の中にどんな言葉があてはまりますか?