みなさんこんにちは。西村音響店です。
カセットテープの楽しみ方の一つに「ナマロク」があります。皆さんはご存知でしょうか。
正確な語源かはわかりませんが、「生の音を録音する」という解釈でよいかと思います。自然の音、汽車の音、生演奏の音、環境音、機械音、人との会話、etc.
そんな楽しみ方を「ナマロク」と呼ばれていました。今から40年前に流行っていたそうです。
僕自身、ナマロクを知ったのは1冊の本です。『音響メディア史』という記録媒体の歴史が書かれた本の1ページに、マイクを蒸気機関車に向けている人々のモノクロ写真がありました。当時は、音声はカセットテープ、写真はフィルムカメラ、動画は8mmフィルム、どれか1つを選ぶ必要があったのではないかなと想像します。
今は言うまでもなく、3つ全てをスマホ1台叶えることが出来てしまいますからね。昔は何かを記録するために苦労していたことを、モノクロ写真を見て感じました。
さて今回、ナマロクとは無縁の世代の僕が初挑戦ということで、愛知県の三河湾に浮かぶ佐久島にお邪魔しました。
~佐久島ってどんなところ?~
愛知県の三河湾にある離島で、西尾市の一色港から船で20分ほどの場所にあります。「おひるねハウス」や「イーストハウス」といった島おこしのためのアート作品が島内の随所にあり、インスタ映え?かは分かりませんが若い世代の観光客も多いです。新たな観光客を呼びつつも、島内はどこか懐かしさを感じさせる光景が残っています。島と言えば海ですが、佐久島の80%以上は山です。アート作品を巡るのもよし、のんびり島内を散歩するのもよし、自然を堪能するのもよし。自分にぴったりな楽しみ方で満喫できる島です。信号機が一切ないところも、非日常を感じさせる大きなポイント。
デンスケを持ってナマロクへGO!
ナマロクに欠かせないもの、それがカセットデンスケです。
デンスケという名前はソニーの商品名で、いわゆるポータブル型のカセットデッキです。これにマイクを接続して録音します。
スマホやビデオカメラは自動的に音量を調整してくれますが、デンスケは全部手動。大きすぎると音が割れるし、小さすぎるとカセットテープのノイズが耳に障ります。
メーターを見ながら、ちょうど良い音量に設定することが求められます。しかし、これが結構難しい。
ある程度音量が分かっているラジオ番組やレコード盤なら設定は容易ですが、相手が自然となるとメーターの針が暴れます。特に突風は天敵です。突風を恐れて音量を小さくすれば、テープのノイズが目立つようになります。風を読む力も必要なのかもしれません。
マイクには風切り音を低減するための機能(ウィンドプルーフ)がありますが、それでも極力、静穏な状態で録りたいところです。
そして、なぜカセットテープで佐久島の音を残そうと思い立ったかというと、これといった理由はありません。単純に「ナマロクをやってみたかった。」その気持ちが第一です。
強いて言うのでれば、生で発せられる音こそ、アナログ記録のカセットテープに録音する意義があるのではないかと思います。デジタルだと、データに変換されるときに音の情報が削られてしまいます。
感覚としてはフィルムカメラに近いかもしれません。フィルムで撮った写真って、デジタルにはない滑らかで柔らかい描写で味がありますよね。むしろ風景写真はフィルムの方が綺麗だったりして。何より、目で見た色がそのままフィルムに焼かれるというところが魅力だと思います。
カセットテープで残す佐久島の旅日記
※音声はすべてカセットテープで録音した音です。ぜひヘッドホンで聞いてみてください。
佐久島行きの船は、西尾市の南にある一色港から。さて、いきなり難しいシチュエーションですが、フェリーの音を録音してみることにしました。フェリーも佐久島の音の一部。
停泊中に録音の準備をします。実は昨年にも1回佐久島を訪れており、船に乗った時の音の雰囲気はなんとなく予習しています。車どころではありません。会話がままならないほどの轟音を発します。そんなことから、レベルメーターの針が動くか動かないかくらいに録音レベルをセット。
エンジンの唸りとともに一色を出港です。
沖に出るまでは水しぶきを立てず穏やかに船が進みます。景色が次第に小さくなってきた頃、けたたましい轟音ともに船はダッシュ。デンスケの様子をちらっとみたら….ピークレベルの赤ランプが光りっぱなしになっている。0VUをオーバーしっぱなしではないか!
往路はマイクのウィンドプルーフをOFFにして録音にトライしましたが、航行中の強い風でレベルオーバーになってしまいました。うーん、残念。ただ、ウィンドプルーフをONにすると、エンジンの重低音を削ってしまうところが惜しいところです。
デンスケに付きっ切りになりながら船に揺られること25分。佐久島の東港に到着です。停泊中の船のエンジン音をバックに、トビとウグイスの声が響きます。「ピーヒョロロロロ…」を聴くと、あぁ島に来たんだなという感覚になります。梅雨が明けると、セミの声が島中に響くことでしょう。
佐久島には船着き場が3カ所あります。案内には西港と東港の2カ所しかありませんが、実は東港のさらに東にもう1カ所あるんです。もちろん定期船は着岸しません。小さな漁船がぷかぷかと浮いているだけです。
隠し船着き場から向こうに見える山にマイクを向けていると、時刻は正午。時報の音楽が鳴り出しました。
再び西港から灯台の方へ。時が進むにつれて潮が引き、波音も穏やかになってきました。海もお昼寝タイムといったところでしょうか。昼ごはんを食べ終えた僕にも眠気が襲ってきました。
そんな中、ぼーっと水平線を眺めていると、遠くから汽笛が。視線の先を定期船が横切っていきます。穏やかだった海も目覚めるように波音を立てます。田舎暮らしでよく耳にする、汽車の音で時刻が分かるというのはこの事かと実感します。
海もあれば山もある。もっと鳥たちの近くへ行ってみようと山の中へ入ります。道中、ウグイスの声が大きくなってきたので、しばし歩みを止めてマイクを向けました。
島に来たら、やっぱりぐるっと一周したくなります。佐久島は自転車で30分くらいで一周できます。しかし、途中には歩かないと進めないオフロード区間も。
一周コースの途中にある森林の中へ入ると波の音は消え、鳥と虫の声だけが響きます。いくら暑いからとはいえ、半袖で来たのはちょっと失敗でした。できれば耳栓できるようにイヤホンもあったほうがいいかも…立ち止まると蚊の集中攻撃を食らいます。
佐久島には2つの小さな島がくっついています。東港近くから真っすぐ伸びる橋を渡っていくと、そのうちの1島である大島にたどり着きます。島の入口にはキャッチボールできそうな広場が。
これといった被写体はない小さな草っ原ですが、日光に照らされた緑色がどこか安らぎを感じます。程よい草の伸び具合が音でも癒しを与えてくれる、そんな場所でマイクを向けました。
大島の東岸から本島を眺めます。次第に波音が大きくなってきました。ぼーっとしてると波に呑まれちゃうぞ。
日の入りが近くになるにつれ、風が強くなってきました。髪がくしゃくしゃになってしまうほどの風が吹くと、ウィンドプルーフをONにしても風音が入ります。5m/sくらいの風までならマイクが耐えてくれそうです。それ以上になると、もう少し良いウィンドマフが必要になりますね。
パソコンに取り込んだらイコライザーで誤魔化すという禁じ手もありますが…
18時台の最終便で帰ります。1便前の17時台もギリギリ間に合うところでしたが、船のデッキは既に帰路に就く乗客でいっぱい。諦めて1時間待ちました。実は自分の自転車を持ってきており、デッキまで人が溢れていると積むのが難しいかなと思って見送りました。
でも本当は違います。録音をリベンジしたかったから1便待ちました。
さて、フェリーに乗り込んで再びデンスケをセッティング。今度はウィンドプルーフをONにしてトライしました。やはりONにした方が良さそうです。どうしてもエンジンの音でマイクが共振して音割れしてしまうのが惜しいところですが、こういう事もあるんだと経験の1つとして勉強になりました。あとは、「初めてにしては良く録れた」と自慰しておくのが一番です。
そして、フェリーの音を録っているとき時にふと直感的に思ったのは、VUメーターとピークレベルメーターの違い。
●どちらかというと平均的な音量を示すVUメーターは、轟音を立て続けるエンジンの音をチェック。
●瞬間的な音量を示すピークレベルメーターは、突発的に吹き込む風の音をチェック。
メーターが2種類欲しくなった船旅でした。
おわりに
今回は、屋外で録音した経験なんて殆どない状態での挑戦で、いつの間にか観光気分が吹き飛んでしまいました。
時間に限りがあるので一々しっかり録れているか確認する余裕はありません。ほぼ一発録りです。フィルムカメラで上手く録れるようになることと同じように、場数を踏んで経験を積み上げていく他ありませんね。
ただ録ることが目的になってしまうのではなく、観光だったり旅だったりもしっかり楽しめるように、コツコツ訓練したいですね。本番での心の余裕は大事です。
オーディオといえばインドアな娯楽ですが、ナマロクは逆です。
ナマロクに挑戦してみて、新しいカセットテープの楽しみ方を発見できたように思います。自然豊かな場所を旅しながらナマロクを楽しむのもイイですね。蒸気機関車は少なくなりましたが、電車の音を録るのも面白いかもしれません。
ただ1点、惜しい点があります。それは、インターネット上で音を聞いてもらえるようにするために、どうしてもパソコンに取り込まなければならないこと。
カセットデッキで再生して直接聴く音と、パソコンに取り込んで聞く音、音楽以上に差がはっきり出たことには驚きました。特に音の迫力感には大きな差が出ました。
アナログの音の魅力は、言葉だけでなく音でも魅力を伝えきれないということを痛切に思いました。
さて、今度はどこへ行こうか…
★佐久島公式ホームページ
https://sakushima.com/