西村音響店

【ドルビーHX-Pro】知ってるようで知らない原理と効果の謎。

【ドルビーHX-Pro】知ってるようで知らない原理と効果の謎。

 

ドルビーHX-Pro。

名前にドルビーと付いているだけに、ノイズリダクションと混同しそうな機能です。しかしノイズリダクションとは全く関係ありません。

各メーカーのカセットデッキを見ていると、1989年頃のデッキからHX-Proが搭載された機種が続々登場しているようです。ドルビーSと同じく、比較的新しい機能と言えますね。

ドルビーSといえば、ドルビー方式の中でも最もノイズ低減効果が高い方式です。実際にドルビーSで録音してみても、機能の素晴らしさを体感できます。

ところが、HX-Proはよく分かりません。果たして効果があるのか? はたまた、デッキによってはON/OFF切替えできたり、強制的にONになったりと、色々と謎な部分があります。

僕もなんとなく使っていたので、この機にご一緒に勉強してみましょう。

 

HX-Proは録音時のみに働く。それはなぜ?

カセットデッキの取扱説明書やカタログを見ると、HX-Proについての解説が載っていることがあります。そこには、「録音時のみに働く機能」「HX-Proで録音されたテープを他のデッキで再生しても問題ない」などという文言があります。

 

それはなぜ?

 

ノイズリダクションは、例えばドルビーCで録音したら、再生する時もドルビーCに設定する必要があります。でもHX-Proは、その必要がありません。

 

なんで?

・・・

・・・

ボーっと生きてるんじゃねーよ!!

あぁ~あ、チコちゃんに叱られちまった…(´・ω・`;)

 

HX-Proが録音のときだけ働くのは…

バイアスを補正する機能だから!

 

…はい、チコちゃんの件(くだり)はこれくらいにしておきましょう。

カセットテープに録音する時、録音ヘッドに流されているのは音の信号だけではありません。もう1つ、バイアスと呼ばれる電流(周波数が100kHzや150kHzなどの高周波)が一緒に流れています。磁気テープに音を記録するためには、このバイアスがエネルギーとして必須です。

私たち人間(ヒト)が聞き取れる最高周波数は20kHzと言われています。つまり私たちが耳にする音楽には、最高でだいたい20kHz前後の音が収録されています。

ところが、カセットテープに高い音を録音しようとすると問題が発生します。

音声とバイアスの周波数帯域

音声の周波数帯域と、バイアスの周波数帯域を図に表してみました。

音声は20Hz~20kHzの帯域ですが、周波数が高くなるほどバイアスの領域に近づいていきます。特にアナログレコードの場合、録音状態が良い物だと20kHz以上の信号も含まれていることがあります。そうなると元々は音声の信号なのに、だんだんバイアスと似たような信号に変わってきます。

録音前に行うバイアス調整で、バイアスを多くすると高音域が弱まるのはご存知かと思います。これと同じような現象が、周波数が高い音によって引き起こされるのです。音の信号自らがバイアスを多くした状態にしてしまい、高音域が弱めてしまうことにつながります。

この作用を「自己バイアス作用」などと呼んだりしますが、これを防ぐのがドルビーHX-Proです。

 

…とここまでHX-Proの原理を一所懸命解説しましたが、実際のところ、自己バイアス作用は耳では殆ど分からない微小な現象です。「本当にHX-Pro動作してんの!?」と疑いたくなるほど音に差はありません。後程、ぜひ聴き比べてみてください。

 

本当にHX-Proは動作しているのか?実験!

それではここで、本当にHX-Proが動作しているのか少し実験してみましたので、ご紹介したいと思います。

まずこちらが、ホワイトノイズを録音しているときの周波数特性です。

GX-Z7100EV × マクセルUR の周波数特性

バイアス調整を上手く行えば、このようにフラットで綺麗な特性が出ます。

 

次に20kHzの信号を混ぜてみます。するとスペクトルアナライザの20kHzの部分が反応しました。

ホワイトノイズに20kHzの正弦波を混ぜる

デジベルで表すと約-15dBの信号を入れています。この程度では高音域が弱まる(ハイ落ち)現象は見られません。しかし、20kHzの信号をさらに大きくすると…

20kHzをどんどん大きくしていく。

不思議なことに、16kHzより上の音域でハイ落ちました。ちなみにバイアスの周波数がものすごく高いのは、音の信号と干渉しないようにするためとされています。ここでは疑似的に20kHzのバイアスを流しているような状態ですが、すると16kHz以上の音域が録音できなくなってしまいます。

 

ではこの状態から、HX-ProをONにすると…

HX-ProをONにすると特性が変化。

ハイ落ちていた音域が持ち上がり、フラットに近い特性に戻りました。ここでは動作を分かりやすくするために極端なことを行いましたが、これがHX-Proの働きです。

動作はしっかり行われていることは確認できました。しかし実際の音楽において、聞き取れないような高い音が大レベルで含まれていることは滅多にないと思います。

ですから、いざ「HX-Proは効果ありますか?」と訊かれると、「なんとも言えません…」という答えになってしまうのが正直なところです。

 

果たしてONとOFFで音に違いは出るのか?

さて、一応HX-Proはしっかり動作していることが分かりました。では実際にON/OFFで録音に差が出るかをチェックしてみます。

使用するデッキは、A&D GX-Z7100EV。HX-ProのON/OFFを切り替えできるデッキです。テープは、以前にご紹介したDESIGN UNDERGROUNDのUDⅠテープを使います。

※できるだけ生に近い音をお届けするために、無圧縮音源もご用意しています。通信環境が良ければぜひ無圧縮音源でお聴きください。

HX-Pro オフ

【MP3 320kbps 3.3メガバイト

【WAV 96kHz-24bit 54.1メガバイト

HX-Pro オン

【MP3 320kbps 3.3メガバイト

【WAV 96kHz-24bit 54.3メガバイト

 

聴き比べてみていかがでしょうか。僕は正直、わかりません(´・ω・`)

いままで、「とりあえずHX-ProをONにしとけば、多少高音が良くなるだろう!」と漫然と使っていたわけですが、確かに偽薬のような効果もあると思います…(;´∀`)

あまり大きくは言えませんが、オーディオ業界ではいわゆるオカルト的な商品もありますよね。僕は好きではありませんが…

 

というわけで、1問だけブラインドテストをします。同じ曲の別の部分ですが、次の音は、ONとOFFどちらで録音した音だと思いますか?

【MP3 320kbps 2.0メガバイト

【WAV 96kHz-24bit 33.2メガバイト

正解は記事の最後で。

 

違うテープでは差は出るのか?

HX-Proはバイアスを補正する機能ということで、性能が異なるテープではどうかな?と思いつきました。

ということで、追加で用意したテープがこちら。

1本は音楽用には向いていないいわゆる汎用テープです。ちょっと汚い表現にするなら『糞テープ』。その代表としてソニーのCHFがエントリーです。

もう1本は、メタルテープの王道でもあるTDKのMAです。1990年ごろのテープで、個人的にはこの世代のMAが最も好きです。

これら2本では音に差が出るのか?

果たして~!?(ジョブチューン)

(CHF) HX-Pro オフ

【MP3 320kbps 3.3メガバイト

【WAV 96kHz-24bit 54.5メガバイト

(CHF) HX-Pro オン

【MP3 320kbps 3.3メガバイト

【WAV 96kHz-24bit 54.5メガバイト

 

(MA) HX-Pro オフ

【MP3 320kbps 3.3メガバイト

【WAV 96kHz-24bit 54.0メガバイト

(MA) HX-Pro オン

【MP3 320kbps 3.3メガバイト

【WAV 96kHz-24bit 54.1メガバイト

 

一瞬、「おっ?違うぞ!」と思いましたが、気のせいだったのか耳が慣れると違いが判らなくなってしまいました。

CHFはONにするとハイハットやシンバルの音の聞こえが良くなったような、MAはONにするとちょっとハリ上がりに(高音が強く)なったように一瞬感じたのですが….

やはり、気のせいだったようです。

それにしても、MAの音はスゴいですね。GX-Z7100EVの性能の高さとも相まって、その辺のデッキとは比べ物にならないくらい良い音です。

 

HX-Pro、使いますか?使いませんか?

ぱっと聴いただけでは音の差は分かりません。もちろん、聴こえ方には個人差があるので、もしかしたら全然違うという方もいるかもしれません。

ただ、実際の効果は本当にごく僅かですので、御守りのような機能と言っても差し支えないと思います。

一安心したのは、今回の実験でHX-Proの動作を確認できたことです。残念ながらその効果はごく僅かですが、理屈的には磁気テープの特性を捉えている素晴らしい機能だと思っています。

今回の記事がカセットテープの録音の際に少しでも役に立てたら嬉しく思います。

先ほどのブラインドテストの正解は、こちらをクリックしてください。

ブラインドテストの正解発表
正解はOFFでした!

それでは、また。(・ω・)ノ

 

使用機材

デッキ

・A&D GX-Z7100EV(1994年製) 協力:新型aiboさん

テープ

・マクセルUR(2020年モデル)
・DESIGN UNDERGROUND UDⅠテープ (2020年に限定発売)
・ソニー CHF(19878年ごろ)
・TDK MA (1990年ごろ)

使用楽曲

・音作品創作工房ナッシュスタジオ MN-M-0427

 

動画バージョン

 

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