カセットテープはアナログ記録のメディアです。もっと分かりやすく説明するなら、音の波形をそのままテープに記録するメディアです。
対するのがデジタル。こちらは0と1のデータで記録します。CD、MD、そして音楽を入れるためのメモリーカードもそうですね。
はたまた、音楽の記録メディア自体も若干過去の物になりつつあるような気がします。カセットテープに浮気するつもりはないですが、Amazon Musicも利用しています。
さて、時を遡って平成初期のころ。ちょっと変わったカセットテープがありました。
それが
DCC
Digital Compact Cassette
です。
実はカセットテープのデジタル版が存在しました。サイズもテープの幅も古典的なカセットテープと同じで、記録方式をデジタルにしたメディアです。
「デジタルコンパクトカセット」と検索して来られた方はもちろん名前をご存知かもしれませんが、初めて耳にする方もいらっしゃると思います。
普段、このサイトでは古典的なカセットテープ(コンパクトカセット)をメインで取り上げていますが、今回はカセットテープの仲間としてDCCを少し紹介してみたいと思います。
DCCの生い立ち
DCCの登場は1992年です。開発に携わったメーカーは、オランダのフィリップスと松下電器(今のPanasonic)。寸法は従来のカセットテープとほぼ同じままに、デジタル記録を行うメディアとして登場しました。
一方、ライバルとして立ちふさがったのがMD。開発したのは知らない人の方が少ないであろう、ソニーです。DCCに対抗するため、同じ時期に登場させてきました。
ちなみにCDの開発では、フィリップスとソニーが手を組んでいました。それが今度はライバル関係になってしまったようです。CDの記録時間を60分にするか74分にするかで議論になったという逸話がありますが、ライバルになった発端はその時だったりして…(想像です)
このような戦況で、「DCC対MD」の規格争いが展開されることになりました。
DCCのセールスポイントは、従来のカセットテープと設計を極力共通にすることで、従来規格との互換性を考えている点です。つまり、DCCのデッキで普通のカセットテープを再生できる点が大きなポイントです。
しかしながら、コンパクトで薄型、かつテープを使わない全く新しい画期的な記録メディアのMDには惨敗しました。両者のメリットを挙げてみると…
DCCのメリット
・従来のカセットテープも再生できる
MDのメリット
・カセットテープよりも薄型でコンパクト
・記録メディアの劣化の心配が少ない
・テープを送る手間が要らず素早く選曲できる
・非接触で読み取るのでヘッドが消耗しない
といった感じで、MDはメリットだらけです。MDが圧倒的に優勢な戦況で、DCCはわずか4年あまりで幻になってしまったそうです。また、日本を代表する電機メーカーのソニーが世に送り出したことも影響していると思います。
僕が考えるMDの勝因としては、カセットテープの弱点を突いた点がかなり大きいと思います。特にカーステレオは、灼熱の車内にカセットテープを置いておいたら、すぐワカメになってしまいますからね。カーステ用のテープは消耗品と言われるくらい扱いが大変だったのが、MDで解決できたのは大きいと思います。
音質に関してはどちらも聞いたことがないので分かりませんが、両者とも音声データを圧縮記録を行う点では同じです。(僕の家ではMDも使ったことがなく、カセットテープ一筋でした)
さらにこの頃は、従来のアナログ記録のカセットテープでも、CDと遜色ない音で録音できるくらいになっています。場合によってはかえってDCCの方が劣ってしまうケースも考えられるかもしれません。もしくは、同じデジタル記録でも更に高音質なDATを選ぶケースになると思います。
ちなみにDCCの母国であるオランダを中心にヨーロッパではシェアがあったそうです。逆を言えばMDの母国は日本ですから、普及するのもある種当然な話かもしれませんね。
これが実物のDCCデッキ!
わずか4年あまりで幻になってしまったこともあって、デッキとテープどちらも現存数が非常に少ないと思います。もちろん、僕も持っていなかったのですが、幸運なことにメンバーの方がDCCデッキを提供してくださいました。本当に感謝です。
フィリップスのDCCデッキで、型番は「DCC900」です。表示がドットマトリックスになっていて、アルファベットも表示できます。とてもカッコイイです。
メーカーはフィリップスになっていますが、デッキの背面を見てみると…
「MADE IN JAPAN」と記載されています。フィリップスはオランダのはずなのに、製造国は日本です。
YouTube動画に寄せられたコメントによると、松下電器の工場で生産されていたのでは?という情報がありました。つまりは、フィリップスからライセンスを受けて、松下電器が製造していたと考えられると思います。
カセットテープの挿入は、CDデッキのようなトレイが開閉するタイプです。平成に入ると、アナログのカセットデッキでもこのようなタイプが登場してきます。
これと似たようなタイプといえば、ソニーのTC-K88を代表とするリニアスケーティングメカがあります。ただ、リニアスケーティングはメカのユニット自体が移動するので、またちょっと違いますね。
気になるDCCデッキの内部
中央にメカニズムが配置されています。もっと高密度な回路基板がたくさんあるのかなと思っていましたが、意外とスペースに余裕がある感じのレイアウトです。
DCCと従来のアナログカセットテープの再生に対応するため、回路はデジタル用とアナログ用の両方を搭載しています。
こちらがアナログ用の回路です。ドルビーマークが付いたICが実装されているあたり、れっきとしたカセットデッキである事がわかりますね。ちゃっかりソニー製のICを使っていますが… まぁ、目をつむりましょう。
デジタル用の回路はこちらです。四方に足が生えたICが実装されています。専門用語でいうところのQFPタイプです。いかにもデジタルっぽい回路をしていますね。
アナログとデジタルの切替は、カセットテープ本体にあけられた検出用の穴で認識して自動的に行われます。
DCCに使われるテープは、アナログのカセットでいうハイポジションテープです。じゃあ、「ハイポジのカセットに穴をあけてデッキを欺けばDCCとして無理やり使えるんじゃないか?」と思うところですが、実際は難しいようです。
YouTube動画の視聴者さんの情報によると、新品のDCCはカセット本体だけでなくテープも磁性体レベルでDCC用に設計されているそうです。まぁそれもそのはず、これだけ緻密な記録を行うのであれば、それに対応した磁性体が必要と考えるのも無理はないですね。
そして、DCC最大の部品がこちら。
MRヘッドと呼ばれる精密な磁気記録に対応したものが使われています。普通のカセットデッキではまず使われないヘッドです。(TechnicsのRS-AZ7が唯一の例だそうです)
MRヘッドが使われる理由は、ずばりデータの記録量です。
普通のカセットテープであれば、片面で左と右の2本の音声トラックがあり、両面で合計4本の音声トラックがあります。対してDCCは、片面でなんと9本のデータトラックがあります。それがもう片面。
つまりは、幅3.81mmの磁気テープにデータトラックが
合計18本
あります。
ムチャクチャ緻密な記録が行われています。普通のカセットテープで「アジマスの調整がどうのこうの…」の次元ではありません。
デジタル信号で音声を表現する場合、0と1の組み合わせが幾つも必要になります。それを細い磁気テープに記録するために特殊なヘッドが必要になるというわけですね。
さらにヘッドクリーニングよりも気を付けなくてはないない事。それが、
消磁は厳禁!
消磁をするとヘッドがお釈迦になるそうです。
今回のデッキ(DCC900)の場合はヘッドが外から見えない位置にありますので、大きなヘッドイレーサーは物理的に使えません。
しかし問題はカセット型のヘッドイレーサー。誤って入れると大変な事になってしまうのでしょうね。
フィリップスのカセット愛?
記録メディアのシェアを奪い合う「規格争い」は、昭和から平成にかけて何戦も繰り広げられてきました。
今回紹介した「DCC対MD」の戦いは、カセットテープはもとより磁気テープの弱点を解決した、MDが勝利を収める結果になりました。DCCは完敗してしまいましたが、従来のカセットテープも再生できるようにしているあたり、個人的にはフィリップスのカセット愛というものを感じます。
ちなみに「エルカセット」はご存知でしょうか。カセットテープ(コンパクトカセット)のライバルにあたるメディアで、1970年代に登場した規格です。こちらも開発にはソニーが携わっていたそうです。カセットテープの普及度を見て分かるとおり、完敗してしまった規格ですが、その仇をMDで討ったみたいな感じにも見えます(;´∀`)
戦国時代の「○○の戦い」という感じで、規格争いの歴史はなかなか面白いですし、「実はこんな記録メディアもあった」という発見もあります。ぜひ興味がある方は「規格争い」で調べてみると面白いですよ。
それでは、また(・ω・)ノ