カセットテープを音程(ピッチ)のズレやテンポのズレ無く再生するためには、常に決められたスピードでテープを送ることが非常に重要です。
テープを送るスピード(以下、テープスピード)は規格でだいたい決められているので、基本的にはどのデッキ・プレーヤーで再生しても、違和感なく音が流れます。
…だいたい決められているって、どういうこと?
実はこの「だいたい」が重要で、カセットテープはアナログ記録を行うメディアである以上、様々な要因で必ず誤差が生じてしまいます。そのため、許容誤差も規格で加味されています。
今回はその誤差に関わるお話です。
デッキのメンテナンスでテープスピードを調整する際、カバーを開けて中の基板が見える状態で行います。調整すれば規格どおりのスピードに合わせることができる…のですが、不思議なことに時間が経つとまたズレるのです。
しかもその要因がまた厄介。
その要因とは、自然現象である以上どうしても避けられない…
温度の変化
です。
オーディオ機器の1つでもあるカセットデッキは、電子部品の塊です。電子部品は温度の変化によって、特性や性能が変化します。
さらに日本は春夏秋冬、四季がありますね。特に厄介なのは冬の時期。外も冷えて部屋も冷えれば、デッキも冷え冷えになります。
そして、デッキが冷え冷えになるとテープスピードが、遅くなる or 速くなる 、さぁどっちでしょう?
・・・
実は、どっちもです。
なんとなく、寒いときはスピードが若干遅くなるようなイメージが湧くかもしれません。ところが、何台かのデッキを用意して実験してみたら、逆にスピードが速くなるものも存在しました。
今回は寒い時期に実験した内容を交えながら、暖機運転の重要性をお伝えしたいと思います。
目次
なぜ気温で再生スピードが変わるのでしょう?
さて、まずはちょっとクイズです。
カセットテープを再生するとリールがくるくる回りますが、テープを回すために欠かせない動力部品は何でしょう?
・・・
簡単な問題だったかもしれませんが、モーターです。再生に限らず、早送りや巻戻しなど、テープを回す動作はモーターによって行われます。
ただ、冒頭でもお伝えしたように、再生中は常に決められたスピードでテープを送らなくてはなりません。そのため、カセットデッキには常に一定の回転スピードを保つことができるモーターが搭載されています。
DCサーボモーターと呼ばれるモーターです。画像で見る限り、何ら普通のモーターのように見えますが、多少の負荷がかかっても同じ回転スピードを保とうとする点が違います。先頭に付いているDCは直流電源のDCです。
ちなみにロボットの世界でもサーボモーターが欠かせないそうですが、ロボット用とオーディオ用では全く別物です。
オーディオでいうサーボモーターは、一定の回転スピードを保つために電圧をリアルタイムに制御するモーターのことを言います。カセットデッキのほか、レコードプレーヤー(ターンテーブル)でも使われます。
モーターに電源が入っている間、「負荷が大きくなったら電圧を上げて、逆に負荷が小さくなったら電圧を下げる」という制御が常に行われています。
他のタイプとして、高級機種を中心に採用されているダイレクトドライブ、大昔だと交流電源で動かすシンクロナスモーターがあります。方式は様々ありますが、一定のスピードで回転させるという点では同じです。
さて、外観は一見普通なDCサーボモーターですが、実は…
こんな電子回路が内蔵されています。この回路によって、回転スピードを一定に保つようコントロールされています。
しかしながらご覧のように、電子部品どころか半導体まで使われているので、余計に温度による特性の誤差が出てきます。この誤差が気温による音程やテンポのズレとして現れます。
いくら同じ回転スピードを保つようにコントロールしているとはいえ、温度の変化で目標とするスピードの基準がズレてしまうのが根源です。
寒さで遅くなるだけじゃない⁉速くなるデッキも存在。
さて、今回の記事タイトルにあるように、寒い時期にデッキが冷えた状態になるとスピードが遅くなるだけではありませんでした。
サンプルとして3台のデッキを用意し、みな同じような現象が出るだろうと予想していましたが、まさかの新事実発見です。今回は2つの方法で実験しました。
実験その1
1回目の実験は、機材さえ揃えれば皆さんでも簡単にできる方法です。
用意するものは、パソコン、オーディオインターフェース、音声の波形を解析するソフト、信号音を出力するソフトです。
まずデッキが冷え冷えの状態で信号音を録音します。今回使う信号音は、テープスピードの調整で基準にされることが多い3000Hzの正弦波です。
この信号音をテープに録音します。
今は録音状態ですので、当然ながら周波数の表示は3000となっています。
録音が終わったら、暖機のために暫く電源をONにしたまま放置します。ただし機種によって、モーターが回転する条件が異なります。主に次の3タイプです。
②電源ONの間は常にモーターが回転
③カセットが装着されている状態でモーターが回転
いま実験中のパイオニアT-D7は①のタイプですので、適当なテープを再生させたまま暖機を行います。モーターに通電しないと、先ほど紹介した内蔵されている回路についている電子部品が暖まりません。
約1時間後…
1時間のつもりが、小用を挟んで1時間半くらい経過しました。だいぶ暖まっていることでしょう。
それではデッキが冷え冷えの状態で録音したテープを再生してみましょう。
不思議なことに、3000よりも少し高くなりました。
つまりテープスピードが若干速くなっているということになります。これが温度変化によるテープスピードの誤差です。
具体的にどれくらい音程やテンポが変わるかについては、過去の記事で紹介しています。併せてご覧いただくと、とても分かりやすいと思います。
もう2台、別のメーカー&年代のデッキでも実験してみました。
2台目に用意したのは、TEACのV-870。1987年製のデッキです。こちらのデッキは、予想以上に誤差が少なかったです。ただ、ほんの僅かですが暖まるとテープスピードが遅くなるようでした。
先ほどのパイオニアでは暖まるとスピードが速くなりましたが、逆のパターンもあるようです。この事実は、今回の実験で初めて分かりました。
3台目はビクターのDD-5。さらに古い1981年製のデッキです。
こちらのデッキはダイレクトドライブを搭載したモデルで、回転むらが非常に少ない1台です。詳しい方ならこのデッキの変態っぷりをご存知かと思いますが、シングルキャプスタン方式ながらワウフラ0.02%台を叩き出す強者です。
暖機前の画像に周波数が映っていませんが、しっかりと3000Hzの正弦波を録音しています。気になる結果ですが、これには僕も少し驚きました。
なんと、2950Hz台に突入するほどスピードが遅くなりました。
誤差をパーセンテージで求めると、約1.5%です。カセットテープの規格で許容されている範囲ギリギリですが、1.5%の誤差は楽器をやっている人なら一発で音程のズレが判ってしまうレベルです。
TEACと同じで暖まるとスピードが遅くなるタイプですが、これだけスピードが変わってしまうとなると、なかなか気を遣いますね。
実験その2
今度は、デッキの調整に使われる専用テープ(テストテープ)を使って誤差を調べます。正確にテープスピードの測定ができますが、テストテープの入手が難しいため、実験の難易度は高いです。
今回使用したテストテープは、スピード調整用に3000Hzの正弦波が記録されているものです。このテープがスピードの絶対基準といっても過言ではありません。
各々のデッキは、すでに暖機した状態でテープスピードを調整してあります。なので、これで安心して使えると思いきや…
あれっ??ズレてるし…
調整したはずなのに周波数は3000と表示されませんでした。現在、基準よりもスピードが遅くなっている状態です。
そして、1時間ちょっと暖機してから再度テストテープでチェックすると…
きっちり3000にすることは難しいですが、3000に近い値が表示されました。つまり暖機したら正常なスピードに戻ってきたということになりますね。
逆をいえば、仮にデッキが冷えている状態で正常だった場合は、暖まるとズレてくるという若干悲しい状態になります。
実際にテープスピードを調整するときも、温度による誤差は泣かせどころです。特に冬は暖機に時間がかかるので、なかなか億劫でもあります。そういったこともあって、調整を行う日は日中電源はONにしたままです。
ほかの2台も同じように実験してみました。
実験その1と同じように、TEACは暖まるとスピードが遅くなるタイプですが、誤差は少ないですね。僕の感覚としては3000Hzを基準に±10Hz程度であれ実用上問題なしと考えています。パーセンテージで示すと、±1.0%以内ですね。
ビクターは相変わらず温度による誤差が激しいですが、若干元々の調整が甘かったという部分もありました。暖気後でも3020Hz台で少しスピードが速い状態になっていましたが、誤差としては約45Hzという結果になりました。許容誤差の±1.5%ギリギリです。
ただし注意したいのは、ダイレクトドライブを搭載したデッキすべてにおいて、今回のように大きな誤差が生じるとは限りません。中には誤差が少ないデッキもあります。
電子回路の構成にもよると思いますので、予めどの程度誤差が生じるかを把握しておくとよいですね。
冬期はしっかり暖気を。特に録音前!
今はもうCDどころかインターネットでダウンロードして曲を聞くという時代で、そもそも再生スピードの誤差という概念がありません。
そう思うと、如何にカセットデッキがデリケートな機器という事がわかりますね。
さて今回お話しした、デッキが冷えていると再生スピードが変わるという現象。実験の様子でお分かりかもしれませんが、有効な対策は
暖機
です。
ちなみにこの実験を行う以前も、冬場で1時間くらい経つと耳で判るくらい音程が変わる現象には気づいていました。1時間を過ぎると音程の変化が無くなってきて、「1時間くらい置いた方がいいかな?」という仮説を基に、今回実験してみました。
結果、朝一番の冷えた状態から1時間強置くと正常なスピードに戻ってきたということで、冬場は最低でも1時間のウォーミングアップが必要だと考えます。冬でなくとも、念のため数十分はウォーミングアップしたほうがよいです。
そして、
録音前は必ず!
暖機をしましょう。
再生時は、その時だけ音程やテンポがズレて再生されるだけで済みます。しかし録音時は、スピードが基準よりもズレた状態で録音してしまうので、この先もずっとズレた状態で再生されてしまいます。
こうなると色々と悲しい事になります…
違うデッキで再生したら、もっとスピードがズレて再生されたとか…
最も悲しいのは、クォーツ(水晶振動子)で制御しているデッキ、俗にクォーツロックと呼ばれる機構が装備されたデッキで再生したときです。
このタイプは気温の影響を殆ど受けません。電子回路によほどの異常がなければ、常に基準どおりのスピードで再生されます。
そのため、いざこういったデッキで再生すると、ズレた状態で録音されていることに気づいて悲しい事になるかもしれません。カセットデッキを弄り始めた未成年の僕が経験しています(;´∀`)
ただ逆をいえば、クォーツロックのデッキを使っておけば、今回のような心配がありません。(クォーツロックのデッキでも僕はアンプを暖める目的で一応暖機しています)
クォーツをすべてのデッキに搭載するのが究極の理想かもしれませんが、さすがに製造コストの面もあって現実的ではありません。
重要なのは、デッキの特性を理解しながら使っていくことです。そうすることで、ハイエンド機からエントリー機まで、幅広いデッキと付き合えるようになると思います。
カセットデッキはみな立派な旧車です。
それでは、また(・ω・)ノ
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