皆様こんにちは、西村音響店の西村です。
この度もご覧いただき、ありがとうございます。
カセットデッキの基礎を学ぶ「カセットデッキのいろは」シリーズ、今回は第17回でございます。
第16回では、キャリブレーションについてご紹介いたしました。キャリブレーションを行うと、録音レベルとバイアスの調整が正確にできるので、より高音質な録音が可能となるほか、ドルビーノイズリダクションにおける信号処理のエラーを少なくでき、ドルビーを使っても綺麗な音で録音ができる、というメリットがあります。
より綺麗な録音を目指すのでありましたら、キャリブレーション機能を搭載したカセットデッキを選びましょう。
さて、今回のテーマは、TypeⅢ フェリクローム。
カセットテープの種類といえば、ノーマル(TypeⅠ)、ハイポジ(TypeⅡ)、メタル(TypeⅣ)、この3種類です。
しかしここで疑問なのが、「Ⅰ」、「Ⅱ」、「Ⅳ」とあって、何故「Ⅲ」が無いのか。
その「Ⅲ」の正体が、フェリクロームです。
私も最初は、”なんでTypeⅢが無いのかなぁ~?”と頭をかしげていました。小学生のときから、カセットテープを弄っていたので、たぶんその頃から疑問に思っていたのではないかなと記憶しています。
それでは、このフェリクロームが一体何者なのか、ご一緒に見ていきましょう。
磁性体二層塗りのフェリクローム。
フェリクロームテープは、酸化鉄と二酸化クロム、異なる磁性体が2層構造になっているテープです。
いきなり、磁性体の話が出てきて難しく思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、ノーマルとハイポジの”Hybrid”、といった具合です。
ノーマルテープ(酸化鉄)が得意とする低~中音域、ハイポジ(二酸化クロム)が得意とする高音域を、二層塗りにすることで、ハイブリッドな特性を実現しているのです。
カセットテープの最高グレードというとTypeⅣのメタルですが、実はメタルテープが登場する前は、フェリクロームが最高グレードのテープでした。
フェリクロームが短命となったのはなぜ?
1980年代に入ると、最高グレードのテープはメタルテープが主流となり、フェリクロームテープは廃れることになりました。
廃れた理由として考えられることは2つあります。
一つ目が、メタルテープの方が性能が圧倒的に良いこと。記録できる磁力の強さを保磁力(ほじりょく)といいますが、その保磁力がフェリクロームの3倍くらいあり、大レベルの録音が可能となったことが挙げられます。
二つ目が、ハイポジ用の磁性体に、二酸化クロムが使われなくなったこと。ハイポジは、替わる新しい磁性体として、コバルトを混合した酸化鉄が使われるようになりました。
二酸化クロムが使われなくなった理由として、環境への懸念と、有毒性であることがあります。また、ハイポジの磁性体変更で、テープの性能も向上しました。
ハイポジの詳しいお話は、第14回でご紹介していますので、ぜひこちらもご参照ください。
二層構造であることに関しては、フェリクロームテープが廃れた後も、二層塗りを施したハイポジテープなどがラインナップされていましたので、二層塗りが特にコストが掛かってしまうといった問題は小さいと思います。
一応ノーマルとしても使えるフェリクローム。
フェリクロームテープは、ノーマルテープとしても使用可とされています。ハイポジ、メタルにある種類検出用の穴がありませんので、自動的に種類を判別するカセットデッキでは、ノーマルテープと判断します。
カセットテープの方にも、TypeⅠを使ったのか、TypeⅢを使ったのか、チェックを入れる箇所があります。
しかし、一応ノーマルテープとして使えるとしたのは、何故だと思いますか?
実は、ノーマルテープとして録音すると、本来テープがもつ性能を発揮しきれないという問題があるのです。
先ほど、酸化鉄と二酸化クロムが2層構造となっているとご紹介しましたが、ノーマルテープの設定で録音すると、二酸化クロムが邪魔になります。
なぜ邪魔になるかというと、二酸化クロムの高音域が強いという特性が逆に仇となってしまうからです。
高音域が強く出てしまうので、バイアスを深くする必要があります。しかし、バイアスを深くしすぎてしまうと、今度は録音レベルが小さくなってしまうという影響が出てきます。
最適なバイアス量で録音するには、フェリクロームテープ専用の設定が必要です。フェリクロームに最適とされる設定は、
バイアスの量 = ノーマルテープの1.1倍
イコライザーの設定 = ハイポジ用の設定
が推奨されています。
必要なバイアスの量がノーマルテープと同じくらいなので、一応ノーマルとしても使えるといったところでしょうか。
参考までに、ハイポジで必要なバイアス量はノーマルの1.6倍、メタルテープは3.5倍必要とされています。
※イコライザーについて・・・カセットテープの録音には、磁気テープの特性を十分に生かすため、CDの音をそのまま録音するのではなく、実際は高音域を強調させて録音しています。
では実際に、ノーマルテープのモードで録音した場合、フェリクロームのモードで録音した場合、それぞれホワイトノイズを使ってどのような特性が出るか測定してみました。(ホワイトノイズ -20dBを入力して測定)
どちらのモードも、予めキャリブレーションで調整をしてから測定しました。
こちらが測定結果です。水色の線を基準に、低音から高音までバランスがとれているか見てみましょう。
結果は、ノーマルでは10kHz以上の周波数が強く出ていました。フェリクロームでは、おおむねバランスが取れています。
では、ノーマルで高音が出すぎるなら、バイアスを深くしてみてはどうか。やってみましょう。
ノーマルのモードでバイアスを深くし、平衡を取ろうとしますが、今度は1~13kHzが弱くなりました。先ほど、「バイアスを深くしすぎると、録音レベルが下がる。」とご紹介しましたが、その現象がこれです。
以上のことから、フェリクロームテープの性能を目一杯発揮させるには、TYPEⅢモードを搭載したカセットデッキが必要となります。
しかし、TypeⅠモードでも音は記録できるので、一応使用可となっているのです。
先にご紹介しましたが、1980年代にメタルテープが主流となったため、フェリクローム対応のカセットデッキは、製造年が古いものが中心です。また、自動的にテープの種類を判別することはできないので、テープの切替も手動式となります。
1970年代のデッキであれば、比較的対応しているデッキが多いです。しかしソニーは、自社でフェリクロームテープを販売していたこともあると思いますが、1986年ごろまで「TC-K555ESⅡ」というフェリクロームに対応したカセットデッキを製造していました。
おわりに
いかがでしたでしょうか。
フェリクロームテープは、正直なところ癖の強いテープかもしれません。テープ自体、数が少なく希少で、なおかつ対応する古いカセットデッキが必要、しかもテープの切替は手動式。
’80年代に入ってからは、自動的にテープの種類を検出してくれますが、それまではユーザーが手動で切り替える必要がありました。
フェリクロームテープは入手が少し難しいですが、なにより私がお勧めしたいのが、切替が手動式のカセットデッキ。カセットを入れる度にモードを切替える作業というのが、時代を感じます。
当時の方々は、機械を使うことに頭を働かせていたという様子が思い浮かびます。ちなみに、私が初めて手にした手動切替式のデッキは、ソニーのTC-K333ESでした。いままでカセットを入れるだけが当たり前だった私にとって、とても斬新でしたね。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。